NHKのBS放送でコズミックフロントという科学番組があります。
2011年から2015年の4年間で、延べ119シリーズも放送されています。現在は続編のコズミックフロントNEXTが木曜日の夜10時に放送されています。
コズミックフロントでは、これまでにブラックホールの特集が2回組まれたことがあります。
最初が第19回の「驚異! ブラックホール 頭脳がみつけた奇妙な天体」(放送日時:2011年11月15日)で、宇宙物理学者が如何にしてブラックホールの存在を証明しようとしてきたか、その歴史を交えてブラックホールの仕組みを簡単に紹介しました。
2回目が、第38回「モンスター ブラックホール 〜見えざる天体が宇宙を支配する〜」(放送日時:2012年6月14日)で、銀河系の中心に位置する超巨大ブラックホール、いわゆるモンスター ブラックホールを宇宙物理学者がどのように見つけたかという物語でした。
ブラックホールを学ぶにはとても良い機会だったので、それぞれの放送内容を以下にかいつまんで紹介します。
1.「驚異! ブラックホール 頭脳がみつけた奇妙な天体」
驚異!ブラックホール 頭脳がみつけた奇妙な天体
奇妙な天体ブラックホール。
ブラックホールは、宇宙だけでなく、私たちの身近にも存在するということです。ただし、それは極小ブラックホールで、瞬間で蒸発してしまうという不思議な性質を持っています。
奇妙な天体ブラックホール
スイスのジュネーブ郊外にあるCERNの大型ハドロン衝突型加速器(通称LHC)で2008年に陽子同士を光速に近いスピードで衝突させる実験が行われました。
LHCの衝突実験
実験の目的は素粒子の研究ですが、衝突で極小ブラックホールが生成される可能性があるということで、世間が大騒ぎをしました。
HNCの実験施設
科学者は、例えブラックホールが生成されたとしても、一瞬で蒸発してしまうから心配はないということでした。つまり下のようなことは起こらないと。。。
結局無事に実験は成功。ブラックホールが地球を呑み込んでしまうような一大事は起きませんでした。
ちなみにこのHNCを使った実験で、2012年に物質に質量を与える粒子、いわゆるヒッグス粒子が発見されました。
ブラックホールの存在は科学者の間でも議論の的でした。カリフォルニア工科大学のキップ・ソーン博士は白鳥座ブラックホールの存在についてスティーブン・ホーキング博士と賭けをして勝った科学者です。
キップ・ソーン博士
ブラックホールが真剣に研究されるようになったのはアインシュタインの時代からでした。
アインシュタインの唱えた一般相対性理論では、重力の正体は時空の歪みです。
星をどんどん縮めると空間の歪みは無限大になることがわかりました。太陽では半径3km、地球では半径9mmになると、空間の歪みが無限大になることがわかりました。
ちなみに光も出ることができない境界は事象の地平線と呼ばれています。
このように、たとえ粒子であっても潰れて超高密度になると、ブラックホールになると考えられるのです。
CERNでの実験で発生するかもしれないブラックホールが安全だという根拠は、ジョン・エリス教授によると、このような粒子の光速レベルの衝突は日常に起きているからだということです。
ブラックホールに物体が落ちてゆくシミュレーションを作ると、ブラックホールの北極と南極が一緒に見えるそうです。
ブラックホールは実は何でも吸い込むわけではなく、真ん中を狙わないと吸い込まれません。
吸い込まれるにつれ、ブラックホールの表面に張り付くようになって静止してしまいました。
事象の地平線の近くで箱は止まってしまうように見えます。
星が一生を終えると、自分自身を吹き飛ばして爆発してしまいます。そして残った核はその重みで収縮を始めます。
白色矮星の密度を高めるとどんな結果になるか計算すると無限に縮むことがわかりました。太陽よりほんの少し質量の大きな星しか白色矮星にならないことをチャンドラセカールという博士が発見しました。
重力崩壊を起こして永遠に縮み続けるとブラックホールになります。
この理論によって、ブラックホールではなく中性子星になるとホイーラー博士は主張しましたが、太陽質量の3倍以上ある星では無限崩壊でブラックホールになるとオッペンハイマー博士は改めて主張しました。
ブラックホールか中性子星か、この論争は10年以上続きました。
やがてブラックホールが観測で発見される日がやってきます。はくちょう座の方向から強いX線が放出されている謎を突き止めたからです。
すだれコリメーターで絞った範囲(黄色)世界最初のX線観測衛星ウフル(白色)の範囲を特定できました。
1971年4月についにX線源が特定されました。太陽質量の30倍もある青い恒星でした。
星の色が変化している、5.6日で何かの周囲を回っていることがわかりました。太陽質量のおよそ10倍の星、しかし星は見えませんでした。
質量が太陽の10倍で見えない星、これこそ世界最初に観測で発見されたブラックホールでした。
このブラックホールは質量は太陽の13倍、半径はわずか40kmしかありません。
このはくちょう座X1というブラックホールは、白鳥座の首の真ん中あたり、地球から7,500光年にあることがわかりました。
ガスは摩擦によって1,000万度にまで上昇し、強いX線を出しています。ブラックホールの上下にもジェットが出ています。
ブラックホールを直接観測する方法が試みられています。白鳥座X1は小さすぎて地球から見れないのですが、銀河系の中心にある太陽の400万倍もあるモンスターブラックホールなら観測できる可能性があると言われています。
このモンスターブラックホールを観ることができる望遠鏡の性能は、計算によると、東京から富士山の頂上に立つ人の顔の産毛を見ることが要求されます。
これらの27基をあわせて1つの電波望遠鏡として使う方法です。
サブミリ波を使って、VLBIというハワイ、カリフォルニア、チリの3か所をつないで地球の大きさに匹敵する巨大望遠鏡を作ろうという計画があります。5年後に実用化される予定です。
近く将来ブラックホールの事象の地平線を直接目で観測することができるようになるかもしれません。
以上が番組の内容でした。
番組の冒頭で紹介されたCERNの素粒子衝突実験でブラックホールが発生してしまうのではという反対運動のことは、以前観た「ミスト」という映画を思い出しました。
映画「ミスト」は、スティーブンキングが原作で、軍が異次元を観察する実験を行ったところ、その異次元への穴から恐ろしい巨大生物がたくさん出てきて人間を襲うというホラー映画です。
映画「ミスト」
この映画はなかなかよくできているのですが、後味が悪い衝撃のラストも有名です(ラストは原作と違います)。
妄想に取りつかれた科学者が危険な実験を試み、人類を危機に陥れるというのは作り話としては面白いのですが、ブラックホールのような未知の物体が相手だと、そのようなリスクも真剣に考えなければならない時代になったということでしょうか。
はくちょう座のX1の7,500光年よりも近く場所にブラックホールは発見されているのか調べたところ、こちらのサイトによるといっかくじゅう座X1の3,000光年が一番近いブラックホールのようです。
しかし、それよりも遥かに近い距離にブラックホールが誕生する可能性があります。オリオン座の一等星ベテルギウス、距離は640光年です。この星はもう間もなく星としての一生を終え、超新星爆発を起こすと言われています。
ブラックホールになる恒星の大きさは太陽の30倍以上ですが、ベテルギウスは太陽の20倍と言われているので、果たしてブラックホールになるのか、それともその手前の中性子星になるのか、とも考えられています。
(2024年4月1日 追記)
2年前(2022年5月)に、「ブラックホールの撮影に初めて成功」というニュースが報道されました。
こちらの記事によると、今回の天の川銀河中心のブラックホールの画像「いて座A*」は2例目で、初の成功例は「おとめ座」の方向約5500万光年先にある楕円銀河「M87(Messier 87)」の中心に位置する超大質量ブラックホール「M87*」で、2019年4月10日に画像が公開されたそうです。
2019年4月に公開された「M87*」の画像(左)と、今回公開された「いて座A*」の画像(Credit: EHT Collaboration)】
どちらも、番組で紹介されたブラックホール(白鳥座X1、いっかくじゅう座X1)とは違うというのも興味深い点でした。
2.「モンスター ブラックホール 〜見えざる天体が宇宙を支配する〜」
今から40年前、ドナルド・リンデンベル博士は、すべての銀河の中心には巨大なブラックホールが存在すると予言しました。
ドナルド・リンデンベル博士
UCLAのアンドレア・ゲズ博士は、銀河系の中心にあるといわれているモンスターブラックホールを観測で見つけようとしました。
アンドレア・ゲズ博士
星の動きを記録してその軌道を計算し、見えない天体(ブラックホール)を周回している星を探すのです。26,000光年の距離になる銀河系の中心を観測しました。観測にはハワイ島のケック天文台の世界最大の口径10mの望遠鏡を使いました。
ステファン・ジレッセン博士
ヨーロッパも、ステファン・ジレッセン博士をリーダーにチームが発足しました。チリにあるVLTを使って観測を始めました。
大気のゆらぎを除去する補償光学という技術を使い、星がクッキリと見えるようになりました。
補償光学による改善
二つのチームは最初、SO-1という星を追いかけていましたが、ゲズ博士のチームはSO-2に注目しました。
SO-2は秒速5,000kmという猛烈な速さで急旋回しました。SO-2は太陽の10倍以上の質量を持つ星だとわかりました。SO-2はモンスターブラックホールのまわりを回っているのでした。
ヨーロッパのチームもSO-2の奇妙な動きを察知しました。これがモンスターブラックホールの発見に繋がりました。
銀河系の中心にあるモンスターブラックホールは、太陽の400万倍の質量、直径は2,400万キロメートル、太陽の17倍ということがわかりました。
すべての銀河の中心にはモンスターブラックホールがあるというリンデンベル博士の予言はやがて証明されます。
ブラックホールに振り回される星々
モンスターブラックホールを発見する方法として、振り回される星を観測する以外にもう一つ方法があります。
それは、星やガスを吸収するときに摩擦によってガスは高温になり、強い電波を発します。それを捉える方法です。
星やガスを呑みこむブラックホール
モンスターブラックホールを世界で初めて発見したのは、日本人の科学者でした。
野辺山電波観測所の中井直正博士は、北斗七星の近辺にある、M106銀河から規則正しい電波が出ている原因を調べるため、野辺山観測所の世界最大の45mパラボラのミリ波の望遠鏡を使いました。
中井直正博士
中井博士は、本当であれば電波分光計は1台で十分ですが、念のためにと8台全てを使ったところ、世紀の発見に繋がりました。
分光計を8台使用
グラフの左端に奇妙な信号が発見されました。さらに詳しい観測の結果、銀河の中心に回転する円盤が発見されました。円盤は時速360万キロという猛スピードで回転していました。
回転する円盤(ブラックホール)
発見されたモンスターブラックホールは、太陽質量の3,900万倍というとてつもない大きさのものでした。
リンデンベル博士の予言から26年経ってついにモンスターブラックホールが発見されたのでした。
今ではほぼすべての銀河の中心に、モンスターブラックホールが存在していると考えられています。
ハッブル宇宙望遠鏡
現在、ハッブル宇宙望遠鏡で、次々とモンスターブラックホールが発見されています。
NGC7052銀河
NGC7052銀河のモンスターブラックホールは、太陽の3億倍の質量、直径は太陽の1200倍という大きなものでした。
ハッブル望遠鏡は、さらに巨大なウルトラモンスターブラックホールも発見しました。
M87銀河
巨大なジェット
巨大はジェットは、ブラックホールに呑みこまれるガスが吹き飛ばされているものです。
M87銀河のブラックホールは、ウルトラモンスターブラックホール、太陽の64億倍の質量、直径は太陽の25,000倍、銀河系中心のブラックホールの1,000万倍というとてつもないものでした。
そして2011年、史上最大のブラックホールが発見されました。
NGC4889銀河
地球から3億2000万光年の彼方にあるNGC4889銀河のブラックホールは、太陽の97億倍の質量というとてつもないものでした。
(その後2015年には、更に巨大なモンスターブラックホールが発見されました。ナショナルジェオグラフィックのこちらの記事によると、太陽の120億倍もの重さがあるそうです。ビッグバンからわずか8億7500万年で急激に巨大化したと推測されていますが、従来理論では説明がつかないそうです)
モンスターブラックホールはどのようにして生まれるのでしょうか?
リース博士が考えたのが、リースダイヤグラムと言われています。
リースダイヤグラム その1
チャンドラX線宇宙望遠鏡で観測したところ、非常に強い電波が観測されました。
NGC6240銀河
NGC6240銀河は、二つの銀河が衝突しているところです。中心を観測すると、二つのモンスターブラックホールが観察できます。
なかなか合体しませんが、シミュレーション結果によって、5,000万年で最初の合体が起きることがわかりました。5億年で5個のブラックホールが合体しました。
こうしてリースダイヤグラムが正しいことが証明されました。
リースダイヤグラムにはもうひとつのシナリオがあります。ガスを吸い込んで巨大化するというシナリオです。
リースダイヤグラム その2
しかしこのシナリオでは、太陽数億個分という信じ難い量のガスを吸い込まなければなりません。
シミュレーションの結果、ブラックホールはガスを吸い込む特殊なメカニズムがあることが発見されました。ジェットを噴出しながら、ガスは吸収し続けるということがわかりました。
リースダイヤグラム その3
リースダイヤグラムの第3の道は、誕生したときから星にならずに巨大なガス雲から直接ブラックホールが生まれるというシナリオです。
120億光年先の銀河が200個ほど見つかりましたが、その中心には既に巨大なブラックホールがあることがわかりました。
モンスターブラックホールは周辺の宇宙にも大きな影響を与えていることもわかってきました。
モンスターブラックホールは星の形成を妨げるのではなく、逆にガスを吸い寄せることにより若い星の誕生を助けていると考えられています。
TANAMIというのは、NASAが中心となった遠い銀河を観測するプロジェクトです。
TANAMI
TANAMAIが狙うブラックホールは、地球から1,400万光年にあるケンタウルスAがターゲットです。
ブラックホールが吹き出したジェットは、光の30%もの猛スピードでした。このジェットは銀河のはるか外側、100万光年の彼方まで広がっていました。
モンスターブラックホールは、星の材料を銀河を超えて宇宙の彼方まで届ける役割を果たしていたのです。
モンスターブラックホールを世界で初めて発見したのが、中井直正博士という日本人だったことは、非常に誇りを感じます。
しかし地球から3億2000万光年の彼方にある太陽の97億倍もあるブラックホールとは一体どのような物体なのでしょうか。。。?
3. おまけ~カールセーガン博士の「コスモス」
以上がコズミックフロントのブラックホールに関する番組の内容でした。
宇宙をテーマにしたテレビドキュメンタリーとしては、日本でも1980年に放映されて社会現象になった天文学者カールセーガン博士の「コスモス」を思い出します。
カールセーガンの「コスモス」
当時中学生の私はリアルタイムで「コスモス」を夢中になって観た記憶があります。ヴァンゲリスの「天国と地獄」からのオープニングテーマも今聴くと泣けます。。。
あと。。。これは科学に全く無関係ですが、グランジロック・バンドのSoundgardenが1994年に発表した代表曲「Blackhole Sun」は、めちゃめちゃカッコイイ名曲です(個人的にはNirvanaよりもダークで重いSoundgardenのほうが好みです)。
Soundgarden Blackhole Sun
(2017年6月28日 追記)
この記事を公開してすぐに、「重力波検出に成功、30億年前のブラックホール衝突」というニュースが飛び込んできました(ナショナルジェオグラフィックの記事)。
30億年前のブラックホール衝突
記事によると、2017年初め、地球のレーザー干渉計重力波観測所(LIGO)が、重力波を検出しました。そして、この重力波が、30億光年先にある太陽の30倍と19倍の質量をもつ2つのブラックホールが激突したときに発生したものであることを突き止めたそうです(ちなみに重力波の直接検出としては3度目とのこと)。
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