私がプログレッシブ・ロックと出会ったのは、中学3年生のときに聴いたエマーソン・レイク・アンド・パーマーの「展覧会の絵」だったと思います。
小学生のときから続けていたピアノレッスンに突然目覚めたのが中学3年生のときで、そこからムソルグスキーの「展覧会の絵」のピアノ版(アシュケナージ盤)に感激し、そのときにロックバンドで「展覧会の絵」があると知って興味本位で聴いたのがきっかけでした。
以来、どっぷりとプログレッシブ・ロックのマニアックかつ深淵な世界にハマってしまいました。
なので、私の音楽的嗜好のベースは、10代に傾倒したプログレッシブ・ロックをルーツにしており、それはもはや一生変わらないと思います。
プログレッシブ・ロックについては、以前こちらの記事でハイレゾを中心に紹介しましたが、今回は生涯ベスト10を選んでみました(カッコ内はリリース年)。
プログレッシブ・ロックとは
プログレッシブ・ロック(通称プログレ)とは、1970年代にイギリスを中心に一大ブームを巻き起こしたロックのジャンルを指すもので、代表的なバンドでは、
キングクリムゾン(King Crimson)
ピンクフロイド(Pink Floyd)
イエス(Yes)
エマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P)
ジェネシス(Genesis)
が5大プログレバンドと呼ばれています。プログレの特徴として、従来のロックの表現を越えて、クラシックやジャズとの融合を目指した前衛的もしくは先進的(プログレッシブ)な音楽と定義されています。
バンド活動の最盛期は1970年から1980年代で、その後は解散や再結成を繰り返していますが、その後の音楽界に与えた影響は大きく、プログレッシブロックというジャンルは現在でも根強い人気を誇っています。
No.1 こわれもの /イエス (1971)
冒頭の「ラウンドアバウト」からジョン・アンダーソンの透明度の高いボーカルが創造する宇宙的なサウンドが繰り広げられます。LPのA面最後の「南の空」(South Side of the Sky) は張り詰めた緊張のなかに抒情的な旋律が絡む名曲です。
South Side of the Sky
ラストのドラマチックな大曲「燃える朝焼け」はイエスの代表曲です。こんなドラマチックなロックがこれまでにあったでしょうか。。。
イエスの曲作りは、生真面目さのなかにもユーモアが上品に織り込まれています。ロジャーディーンが手掛けたこのユニークなアルバムアートもその象徴のひとつです。
私は学生時代にこのアルバムを擦り切れるほど聴き込み、アドレナリンが大量に放出されるような薬物中毒のような症状になっていました。崇高な芸術性と娯楽性にロックのカッコよさが同居したとでも形容すればよいでしょうか、当時流行っていた和洋ポピュラー音楽とは全く異質の音楽の世界でした。
2002年にはワーナーから「こわれもの」DVDオーディオ盤がリリースされました。マルチチャンネル効果を駆使したマスタリングで、部屋のなかをグルグルと音が回るのは異次元の体験です(その後SACD盤もリリースされました)。
このアルバムはプログレッシブ・ロックにしてはとっつきやすい曲が多いので、プログレ入門盤としても最適だと思います。
No.2 海洋地形学の物語 /イエス (1973)
このアルバムは当時2枚組で発売され、なんと表裏にたったの1曲ずつ、合計4曲というロックアルバムとしては空前絶後の構成で度肝を抜かれました。1曲が20分もするロックミュージックが4曲も入っているというのは明らかに常軌を逸しています。が、こんな素晴らしい音楽は滅多に聴けるものではないというほど、感動的なアルバムです。
4つの曲では、最初の「神の啓示」( The Revealing Science of the God) がダントツに完成度が高く、ギターとキーボードの高度な演奏も堪能することができ娯楽性もたっぷりです。一般的な批評で「長過ぎてダラダラと冗長」というのは正しいですが、それを差し引いても、後半の宇宙的なスケールの大きい雄大な展開から、一点スリリングな楽器の駆け引きに移行し、キーボードが吠えるクライマックスまでの息が止まるような展開は、まさにハードロックのノリに近いものがあります。
The Revealing Science of the God (17'50"からが聴きどころ)
2曲目の「追想」は、前半はまたこれがのんびりとダラダラと進みますが、変調してキーボードの旋律がフィーチャーされる中盤から緊張度が一気に高まり、クライマックスに向かってのドラマチックな展開はイエスならではの醍醐味です。
3曲目の「古代文明」は、前半と後半で極端なほど曲調が変わります。前半は粗野で原始的なサウンド、後半はアコースティックギターを軸に優しさに溢れた美しいメロディが展開します。最後は謎のように前半の旋律が呼び戻り、フェードアウェイしてゆくなかなか魅力的な構成です。
4曲目の「儀式」、これだけは未だに好きになれません。他の3曲と比較するとあまりに難解、実験的なサウンド過ぎて、何を表現したいのかが全く伝わってきません。
それでも、私にとってはこのアルバムは、「こわれもの」と並んでプログレッシブ・ロックの究極の名盤として一生の財産です。
No.3 四部作 /エマーソン・レイク・アンド・パーマー (1977)
一般的にはこの2枚組のアルバム「四部作」はEL&Pの駄作と見なされています。しかし、ここに含まれているキース・エマーソンの「ピアノ協奏曲」と、2枚目に収録されているFanfare for the common manと、それに続くPirates、この3曲だけで無限の価値のあるアルバムになっています。
「ピアノ協奏曲」については以前の究極のクラシックアルバムベスト10の【番外】で詳しく紹介しました。
Fanfare for the common man はコープランドの「市民のためのファンファーレ」をベースに、ロックンロールを融合させた大傑作です。曲はインストゥルメンタルですが、シンセサイザー(YamahaのGX-1という700万円もする楽器)がリードを取るあたりから、ノリノリのロックンロールが展開され、思わず心も身体も踊ってしまいます。曲は長いのですがこれでもかというほど畳み掛ける展開は圧倒的です。
Fanfare for the Common Man
Piratesも、中盤からボーカルが入り、エンディングの大狂乱に向かってボルテージが上昇してゆくあたりは、ロックンロールの魂を感じることができます。世の中のロックアルバムでもこんなにノリの良い曲はなかなか聴けるものではありません。
No.4 ザ・ウォール /ピンク・フロイド (1979)
当時のNHK-FMでは、新しくリリースされたアルバムを(1曲だけ削除して)まるまるオンエアしていました。当時中学生だった私は、それをカセットテープに録音して、なけなしの小遣いで手に入れた中古ウォークマンで聴いていました。
2枚組のコンセプトアルバムで、主人公のいろいろな体験を通して醜い人間心理や、社会問題などを鋭く批判した超真面目な問題作ですが、全世界で3,000万枚以上を売り上げた大ヒットアルバムでもあります。
アルバムを通して様々な効果音が頻繁に使われています。爆撃機が爆弾を落とす、工場の操業音、個室での男女の会話、ロックバンドのライブ会場、などなど。最後は大きな壁が崩れ落ちる轟音で幕を閉じます。この効果音の使い方は、その後、このアルバムの続作である「ファイナル・カット」や、デフ・レパードの「ヒステリア」などに引き継がれることになります。
LPだと2枚目冒頭の曲 The Show Must Go On は、あのビーチボーイズの爽快なコーラスから始まるのですが、このアルバムにビーチボーイズが参加していること自体が違和感があるのですが、この曲ではその爽快な夏のリゾート的雰囲気から、一転重いドラムが鳴り響きヘヴィメタル的な冒頭の In the Flesh? の旋律に急転するところは、驚きから言葉を失います。例えて言えば、可憐な花が咲き乱れる平和な庭園に、いきなり戦車が現れて轟音を立ててすべてを潰してしまうようなインパクトがあります。
The Show Must Go On
ロジャー・ウォーターズ自体が正気と狂気の狭間のギリギリを体現しているので、このアルバムはほとんど狂気の世界です。イージーリスニング用途などには間違ってもなり得ません。にも拘わらず、構成が崩壊せず、優しいアコースティックと暴力的なハードロックの見事なバランスを保っているのはさすがです。
No.5 炎~あなたがここにいてほしい /ピンク・フロイド (1975)
初期のバンドリーダーだった天才で才色兼備だったシド・バレットが、アルコールとドラッグで廃人化してしまい、ついには若い人生に幕を閉じてしまう辛い経験を、アルバム化したものです。
shine on you crazy diamond (狂ったダイアモンド)とシド・バレットの鎮魂歌であるオープニング曲と、タイトルソングでもあるwish you were hereは、対比的な曲構成で、バンドの仲間が破滅の人生を突き進むのを助けられなかった無念さと、無二の友人を失った悲しさが抒情性豊かに表現されており、聴き込めば聴き込むほど心に響く名曲です。
こちらも2010年になってSACDのマルチチャンネル盤がリリースされました。マスタリングで驚異的な音質改善が施されており、オーディオ的にも素晴らしい名盤になっています。
「炎~あなたがここにいてほしい」のSACD盤
No.6 アニマルズ /ピンク・フロイド (1977)
ジャケット写真はイギリスロンドン近郊のバターシ火力発電所の実景、その上を巨大な飛行船のような豚が飛んでいるというシュールなものになっています。資本家(豚)、経営者(犬)、労働者(羊)を動物に例えて現在の資本主義経済社会を痛烈に批判しています。
ちなみにこのバターシ発電所ですが、1930年に建設された世界でも有数のレンガ建造物だったのですが、最近再開発化が決まり、大規模な建設工事が進んでいます。私はたまたま先月(2018年8月)に仕事の関係で現地を訪れる機会があり、発電所の現場を撮ったのが下の写真です。プログレの聖地巡礼といったところでしょうか(笑)。
バターシ発電所
このアルバムもピンクフロイドの作品のなかでは決して評価が高いわけではないのですが、4曲目の超ハードなSheepがハイライトです。羊の鳴き声にやがてキーボードが重なって何やら不穏な雰囲気のメロディに変わったと思ったその次に突然荒々しいボーカルとギターが炸裂する展開はハードロックそのものです。従順な羊(労働者)が何も知らずに豚や犬の管理下でおとなしく飼い慣らされているというストーリーは、産業革命のルーツを持つブリティッシュ・ロックの特徴なのかもしれません(ほかにクラッシュとかいろいろ)。
残念なのは、このアルバムは録音状態が悪く、ギターもキーボードもボーカルも雲がかかったような不透明感があります。原盤も紛失してしまったようで、マスタリングによる音質改善は期待できそうにありませんが、最近マルチチャンネル盤のマスタリングが完了したという噂もあり、今後のリリースが楽しみです。
No.7 タルカス /エマーソン・レイク・アンド・パーマー (1971)
プログレッシブ・ロックのアルバムのなかでは一番カッコイイと思います。この世のものを何でも破壊してしまうというタルカスという空想の動物を題材にしたコンセプトアルバムです。
EL&Pというグループは、メンバにギターがいないというロックバンドとしては非常に珍しい構成です。にも拘わらず、オルガン、ピアノ、メロトロン、シンセサイザーといった様々なキーボードが軸となる曲作りで、タルカスの唸り声を再現したり、ギター不在というデメリットを補って余りある彩色の濃いアルバムとなっています。
聴きどころは、アルバムタイトルでもある20分を超える組曲「タルカス」です。誕生から進化、そして戦闘など、いろいろなシーンの写実音楽が抜群にカッコイイです。カール・パーマーのドラムのテクニックも超絶です。
No.8 ジェネシス /ジェネシス (1983)
ジェネシスの作品ならば、本当はピーター・ガブリエル全盛期時代の名作のなかから選ぶのが本筋なのでしょうが、こちらのアルバムは何と言っても私の学生時代にリアルタイムで購入して聴き込んだものなので、当時の実体験と重なって思い出深いアルバムになっています。
1曲目のMamaがいきなりフィルコリンズの「ハハッ!!、オウゥ~」という嗚咽とも取れる叫び声がスパイスとなって陰鬱に展開します。最後はドラムとギターが入り、ドラマチックな盛り上がりを見せるのですが、これは名曲ですね。こんな商業的には避けたいテーマと陰鬱な曲をフィーチャーしたジェネシスには敬意を表します。
なかには明らかにシングルカットを狙った曲なども入っていて微妙ですが、このアルバムのハイライトは、Home by the Sea ~ Second Home by the Sea の2曲です。特に2曲目はインストゥルメンタルなのですが、リズムが変調で、ノリが良いのですがどこでセクションを区切ってリズム感をつかめば良いのか最初戸惑いますが、一旦そのドラムのリズムを掴むと、これは身体に超心地良いリズムになります。これもプログレッシブ・ロックならではの醍醐味です。
Second Home By the Sea
この作品以降、フィルコリンズは商業ロック志向が一層鮮烈となり、MTV全盛時代の幕開けと共に次々とシングルヒットを輩出するも、もはやプログレッシブ・ロック・バンドとしての個性は失って個人的には残念なバンドになりました。
No.9 恐怖の頭脳改革 /エマーソン・レイク・アンド・パーマー (1973)
おそらくEL&Pの最高傑作でしょう。おどろおどろしいジャケットとは裏腹に、このアルバムはクラシック業界からも絶大な支持を得ており、ほとんどロックのクラシックとしての不動の地位を得ています。
2曲目の「トッカータ」はアルベルト・ヒナステラ作曲の現代音楽「ピアノ協奏曲第1番第4楽章」をアレンジした曲で、電子音楽で再現するとこうなるのかという面白いアレンジになっています。
アルバムのほとんどを占める「悪の経典」3部作は、オリジナリティに溢れており、EL&P絶頂期のバンドのチームワークの相乗効果もあって演奏は素晴らしいの一言です。日本のモルゴーア・クアルテットが「悪の経典」をアレンジして話題になりました。
No.10 幻惑のブロードウェイ /ジェネシス (1974)
ピーターガブリエルのワンマンショーのようなアルバムです。その後バンドリーダーとなってポピュラー音楽化にひた走るフィルコリンズの存在などどこにも感じられません。
ラエルという名のニューヨークに住むプエルトリコ人少年を主人公としたストーリーを軸としたコンセプト・アルバムですが、どちらかというと、ビートルズの「ホワイト・アルバム」のような、様々なスタイルの曲を実験的に寄せ集めたという感じのアルバムです。
一貫性に欠ける一方、ピーター・ガブリエルの豊かな才能が炸裂しているといった実にバラエティに富んだアルバムで聴き飽きることがありません。
個人的には、In the Cage, Back in N.Y.C., The Lamiaあたりが気に入ってますが、これだけユニークな曲が揃っていると、誰でも好きな曲を見つけることができるでしょう。
【番外】 クリムゾン・キングの宮殿 /キング・クリムゾン (1969)
このキング・クリムゾンのデビュー名盤を番外に入れたのは、まず、私自身のリアルタイム体験ではないということ(1969年リリース)、そしてオリジナルアルバムの音質が非常に悪かったことが理由です。
しかし、このアルバムがプログレッシブ・ロックの歴史のなかで大きな起爆点となったのは事実で、ここからビートルズ時代からプログレッシブ・ロックやハード・ロック全盛の時代が始まったので極めて重要なアルバムなわけです。
アルバムの構成は、野蛮で暴力的な曲と、繊細で抒情的な曲が対比したように織り込まれており、個人的には抒情的な I Talk to the Windや、映画「バッファロー55」でも効果的に使われたMoonchildが好みです。
音質に関しては、2013年にDVDオーディオでリマスタリング盤(マルチチャンネル含む)がリリースされ、劇的な音質向上が図られました。正直一体どうしてこんなに違うのかというほど改善されています。
以上が私の選んだ【究極のプログレッシブ・ロックアルバム名盤ベスト10】でした。
イエスから2枚、ピンクフロイドから3枚、EL&Pから3枚、ジェネシスから2枚、そしてキングクリムゾンからは番外1枚のみとなりました。
プログレッシブ・ロックに詳しい方ならすぐに気付いたと思いますが、私の選んだ名盤ベスト10には、世間で一般にプログレッシブ・ロックの超名盤と言われているイエスの「危機」と、ピンク・フロイドの「狂気」がありません。
実は両方ともそれほど感動しなかったからです。
これは歳を取って改めて聴いてみても、感動しないものはしません。
ここは決定的にクラシック音楽と違うところです。クラシック音楽であれば、指揮者や演奏家が変わると、ガラッと音楽も変わるので、今まで興味がなかった音楽でも、突然好きになったり、一生モノになったりすることがあります。
「人は33歳までに音楽的嗜好が固まり、新しい音楽への出会いを止める傾向がある」
やはりこれは不動の真理のようです。私はプログレッシブ・ロックのファンですが、これから自分が例えばボサノバの熱烈なファンになることも、ヒップホップ音楽の熱烈なファンになることもないでしょう。
以前にも同じことを書きましたが、結局音楽とは突き詰めてみると、自分の人生の伴侶のようなものであり、共通体験があって初めて自分の心に残るものです。年を取ると滅多なことでは感激しなくなってしまうのも事実なので、余程の印象に残る事件が自分に起きない限りは、その経験と共に心に残る音楽というのも生まれないのでしょう。
以前の投稿
・究極のロックアルバム名盤ベスト10(プログレ除く)はこちら
・究極のクラシックアルバム名盤ベスト10はこちら
・究極のジャズアルバム名盤ベスト10はこちら
(おわり)
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