【ロンドン・ナショナルギャラリー】クリヴェリ、ロラン、サッソフェラートなど、隠れた名画10作品を観よう

先日、ロンドンのナショナルギャラリーを訪問しました。

学生時代に訪れて以来だったのですが、ナショナルギャラリーは、私が洋画鑑賞の世界を知るきっかけになった思い出の場所でもあったので、非常に懐かしく感じながら、名画との再会を楽しむことができました。

ナショナルギャラリー

ナショナルギャラリーは、15世紀イタリア・ルネッサンスから19世紀の印象派までのヨーロッパ絵画の傑作が網羅的に揃えられている世界屈指の美術館です。

来年(2020年)には、世界初の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が、東京と大阪で開催される予定です。

以下、ナショナルギャラリーの膨大なコレクションのなかから、隠れた名画を中心に、個人的なお気に入り10作品を紹介したいと思います。


0. ナショナル・ギャラリーの代表作品

ロンドンのナショナル・ギャラリーは、世界3大美術館(ルーブル美術館、メトロポリタン美術館、エルミタージュ美術館)には及ばないものの、ヨーロッパ三大美術館(ルーブル美術館、プラド美術館、ナショナル・ギャラリー)のひとつとして膨大なコレクションを誇ります。

以下が一般的な代表作です。
  • 「アルノルフィニ夫妻の肖像」 ヤン・ファン・エイク
  • 「大使たち」ハンス・ホルバイン(子)
  • 「サン・ロマーノの戦い」ウッチェロ
  • 「岩窟の聖母」レオナルド・ダ・ヴィンチ
  • 「アレクサンドリアの聖カタリナ」「ユリウス2世の肖像」ラファエロ
  • 「ヴァージナルの前に立つ若い女」「ヴァージナルの前に座る女」フェルメール
  • 「ヴィーナスの化粧」ベラスケス
  • 「34歳の自画像」「63歳の自画像」レンブラント
  • 「ひまわり」「糸杉のある麦畑」フィンセント・ファン・ゴッホ
  • 「エマオの晩餐」カラヴァッジョ
以下に紹介する個人的なお気に入り10作品には、「アルノルフィニ夫妻の肖像」「大使たち」が含まれます。

1. ヤン・ファン・アイク「アルノルフィーニ夫妻」(1434、初期フランドル)

フランドルは、油絵の技術の発祥地であったことから、イタリアと並んで古くから優れた絵画を生んだ伝統をもつ地域です。
ヤン・ファン・アイク「アルノルフィーニ夫妻」

この肖像画には、面白いトリックが隠されています。

肖像画は、裕福なアルノルフィーニという商人が結婚式を挙げた証明書なのですが、誓約の承認として立ち会った画家本人の姿が、壁にかけられた凸面鏡の中に写し込まれているのです。

凸面鏡

画面中央の凸面鏡を良く見ると、鏡の反射で画家の側の部屋の中の様子がわかります。

そこには、キリスト像がかかっており、この結婚が神の祝福を受けていることを表わしています。

新婦のお腹は大きく、妊娠しているように見えますが、歴史の記録ではこの夫婦に子供は生まれなかったとのことです。

裕福な商人と結婚した新婦の生活はどのようなものだったのでしょうか。。。当時の生活は一体どんなものだったのか。。。600年以上前の時代についていろいろ思いを巡らしながら、絵画の前に佇んで時を過ごすのも、美術館の醍醐味ですね。

2. カルロ・クリヴェリ「受胎告知」(1486、イタリア)

クリヴェリはあまり知名度の高くない画家ですが、この作品は、数多くある「受胎告知」のなかでも異色です。

カルロ・クリヴェリ「受胎告知」

天からレーザー光線のように聖母マリアに注がれる祝福の光や、幾何学的な建物の立方体構造を強調した背景など、あらゆる場所に画家のオリジナリティが溢れている意欲作だと思います。

ガブリエル大天使は、なんとマリアの部屋の外の道路から受胎告知をしているのも異色です。

大天使ガブリエルの隣で建物の模型を持っているのは、守護聖人聖エミグディウスと言われています。

「受胎告知」と言えば、フラ・アンジェリコの清廉さに溢れる作品が有名です。私も最も好きな作品のひとつですが、カルロ・クリヴェリのこの作品は、直線的な構成を強調した対極にある作品だと思います。


フラ・アンジェリコの「受胎告知」

それでも、聖母マリアの部屋の聖水や、禁断の果実リンゴなど、受胎告知の清廉な雰囲気はしっかりと演出されているところがこの作品の素晴らしいところだと思います。

3. ハンス・ホルバイン「フランス大使たち」(1533、ドイツ)

この肖像画の特徴は、優れた肖像画というだけではなく、いくつかのトリックが仕組まれていることです。

まず、画面中央下にデフォルメされたドクロが描き込まれています。

ハンス・ホルバイン「フランス大使たち」

正面から絵を眺めていると気付きませんが、右手上部もしくは左手下部から斜めに見ると、生々しいドクロが浮き上がる仕組みになっています。

ドクロ

ヴァニタスという静物画には、しばしばドクロが登場しますが、このようにトリックを用いて挿入されている例は珍しいですね。

この肖像画は廊下に飾るために描かれたので、そのような遊び心を画家が盛り込んだのかもしれません。

この絵には、もうひとつの隠しアイテムがあります。

それは、左上のカーテンの奥に、キリストの十字架像がひっそりと描かれているのです。

キリストの十字架像

本やネットの写真を見てもまず判別できないほど小さいので、こうして美術館で実物を鑑賞して初めて発見できる、ささやかな楽しみでもあります。

作品に描かれている物はすべて何かを象徴しています。

キリストの十字架は、神が天から見守ってくださっているという意味。

壊れたリュート(楽器)は、当時のイギリスのプロテスタント運動とその混乱を意味します。

このような静物画の象徴するものを理解すると、絵画に込められた作者の思いに触れることができて、絵を鑑賞する楽しみも増えますね。

4. ニコラ・プーサン「黄金の子羊礼拝」(1633, フランス)

プーサンは、17世紀フランス絵画を代表する画家で、イタリアに渡ってローマで活躍しました。

ニコラ・プーサン「黄金の子羊礼拝」

テーマは、旧約聖書の物語(出エジプト記32章)に基づいています。

民を率いてシナイの厳しい土地を放浪しているイスラエル人に、モーゼが神との対話のためにしばらく不在となった間に、不安になった民衆が、アーロンの神に頼んで、黄金の子牛を作って、偶像崇拝を始めてしまったという話です。

モーゼが神から授かった十戒を携えて戻ってきたときには、民衆が神から固く禁止されている偶像崇拝をしている姿を見て、モーゼは逆上しました。

「黄金の子羊礼拝」の左奥には、怒りのあまり十戒の石版を投げつけて壊そうとしているモーゼの姿が描かれています。

ルーベンスやダヴィッドといったバロック時代の巨匠の作品を見続けていると、食傷気味になってしまうのですが、プーサンの作品は、そのような激しい感情や派手な筋肉の表現などを抑えており、清涼剤のような爽やかさがあります。

5. ピーテル・パウル・ルーベンス「サビーネの略奪」(1640、フランドル)

ルーベンスはバロック絵画の巨匠で、イギリスのチャールズ1世の宮廷画家でした。

生涯を通じて膨大な数の作品を残しており、その数は1200点とも言われています。あまりに数が多いため、作品の希少性は薄いのも事実ですが、この「サビーネの略奪」のような超大作も少なくありません。

フランダースの犬で有名な「聖母被昇天」も、ルーベンスの作品です。

「聖母被昇天」

まさに美術界のJ.S.バッハのような存在です。

ピーテル・パウル・ルーベンス「サビーネの略奪」

「サビーネの略奪」というテーマは、古代ローマの伝説に基づいています。

女性不足に悩んだローマ帝国が、隣国サビーネの女性たちを饗宴に招待して、そのまま拉致してしまったという誘拐婚の話です。

3年後にサビーネが復讐のためにローマを襲撃しようとした際、ローマ人の夫と、サビーネ人の弟を持つ女性が仲を取り持って、戦争を避けることができたという神話です。

ルーベンスの絵画は、このような神話をベースにした、やや大袈裟なスケールの大きさが特徴です。

「サビーネの略奪」は、前述のプーサンも描いています。

プーサンの「サビーネの略奪」

プーサンの絵画の特徴は、同世代のルーベンスと似た題材や画風であるけれど、色彩や人物描写が淡く、あっさりとしている点です。

この「サビーネの略奪」の特徴は、混乱に陥った人々を脈動的に描写いるところだと思います。

人間の肉体美を精巧に表現したルーベンスは、人体の医学的な骨格や筋肉構成について古典彫刻を見習うなど詳細に研究を尽くしたという話を聞いたことがあります。

一見大袈裟に見える描写も、実は医科学的な根拠に基づいて計算されて描かれているのではないでしょうか。

6. クロード・ロラン「上陸するシバの女王のいる風景」(1648、フランス)

いわゆる風景画というのは、人物画と比較すると人気があまりないのですが、この作品はなかなか見事だと思います。

クロード・ロラン「上陸するシバの女王のいる風景」

題材は、古代ユダヤの歴史書の1つである列王記の第十章の物語です。その物語では、シバの女王はイェルサレムにいるソロモン王に会うため、自分の国を離れ、船を使いイェルサレムに旅立ちます。

興味深いのは、そのシバの女王の船は、構図の脇のほうに一部が見えているだけで、中心はあくまでも海洋の彼方を臨む水平線を向いている点です。

絵画のなかの光景は、画家の想像力で書き足されたものばかりですが、このような情景がかつての歴史のなかで実在していたのかと想いを巡らせることができます。

この作品は、その後のターナーに絶大な影響を与えたとのことですので、彼の数々の傑作の原点なのかもしれません。

そのターナーの代表作「雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道」も、ナショナルギャラリーに展示されています。

ターナー「雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道」

7. サッソフェラート「祈りの聖母」(1650、イタリア)

ぱっと見、ラファエルの聖母像を連想させる非常に美しい作品です。

サッソフェラート「祈りの聖母」

ナショナルギャラリーには、ラファエロの作品は、「アレクサンドリアの聖カタリナ」をはじめ、数点の名作が展示されています。

ラファエロの「アレクサンドリアの聖カタリナ」ほか

しかし、このサッソフェラートの聖母は、個人的にはすべての聖母像の絵画のなかでもトップに入るほどのお気に入りです。

背景が景観ではなく、真っ黒である点は珍しいと思いますが、鑑賞者の注意が人物像にフォーカスするという効果があると思います。

それにしても、この油絵の衣装に使われている赤や青(ウルトラマリンブルー)は、何百年という歳月を経ても決して色褪せず、むしろ見事なまでに美しく感じられるのは何故でしょうか?

ウルトラマリンブルーは、フェルメールと同じラピスラズリを使っているそうです。

とにかく、この絵は、歴史的にあまり評価されず、ロンドンで再評価されてナショナルギャラリーに展示されたようですが、この色合いはとにかく美しいの一言に尽きます。

この絵画は、クラシックのアルバムCD(モンテヴェルディ、「聖母マリアの夕べの祈り」ジョン・エリオット・ガーディナー指揮)のジャケットにも使用されています。

モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」

「聖母マリアの夕べの祈り」が作曲され出版されたのが1610年頃と推定されているので、この絵画の制作時期である1650年とほぼ同時期ということになります。

当時の音楽と絵画を思い描いて、モンテヴェルディを聴きながら絵画鑑賞するのも面白いと思います。

8. フアン・デ・バルデス・レアル「無原罪の御宿り」(1661、スペイン)

この「無原罪の御宿り」の作家であるフアン・デ・バルデス・レアルは、17世紀のスペインバロック絵画の全盛期に活躍した画家のひとりです。同世代の画家(ベラスケス、ゴヤ、エルグレコなど)のなかではかなり知名度が低いと思いますが、マリアの表情が個人的には現代のアニメ的で親近感が湧く作品です。

フアン・デ・バルデス・レアル「無原罪の御宿り」

同じ「無原罪の御宿り」は、同世代のムリーリョの作品(1680年)が非常に有名で、個人的にもムリーリョの描く少女の面影を残すマリアは、スペイン画家のなかでも一番のお気に入りです。

ムリーリョ「無原罪の御宿り」

ムリーリョの画風がソフトで暖かみのあるのに対して、フアン・デ・バルデス・レアルの画風は対照的にエッジの効いたはっきりとした輪郭である点も比較すると面白いところです。

9. ジャン・オノレ・フラゴナール「プシュケ」(1753、フランス)

フラゴナールやブーシェ、プーサンといった印象派以前のフランス画家の作品はみなお気に入りです。この作品はナショナルギャラリーでは唯一!のフラゴナールの作品です。

ジャン・オノレ・フラゴナール「プシュケ」

フラゴナールの代表作と言われている「ブランコ」は、ナショナルギャラリーではなく、ロンドンにあるもう一つの美術館である「ウォーレス・コレクション」に飾ってあるのです。

「ブランコ」

この装飾美の極致と豪華さは、当時の貧富の格差と、その後に勃発するフランス革命の原因にもなっているので、時代とは皮肉なものです。

フラゴナールもフランス革命で失脚し、その晩年は不本意なものだったということです。

しかし、芸術の価値というものは、そのような貧富の格差から生まれたにも関わらず、後世まで引き継がれてゆくという意味では、(現代では二度と起こり得ない)貴族の生活を垣間見ることができる愉しみでもあります。

10. ジーン・エティエン・リオタール, "The Lavergne Family Breakfast" (スイス, 1754)

名画10作品の最後の1枚は、New Loanと記してある通り、他の場所から拝借された作品です。

まだ邦題もないようです。


ジーン・エティエン・リオタール "The Lavergne Family Breakfast"

ジーン・エティエン・リオタールはスイスの画家で、当時は国際的に活躍していたようですが、現在ではほぼ無名の画家です。


以下説明文の翻訳。

「早朝の朝食に、少女がミルクコーヒーのカップに、ビスケットをディップしながら、髪の毛にカールをかけている。長年にわたりこのポートレートは、当時リヨンに住んでいた作者リオタールの家族と考えられている。厚いパステル画で、水差しとカップの対比など静物をくっきりと表現している」

バロックの鮮烈な赤や青とはまた違う、淡いパステル調の色彩がとても美しい絵画ですね。

当時の上流階級の生活を垣間見ることができ、想像を掻き立てられます。

この作品は、フェルメールの作品群と同じ部屋に展示されていました。

部屋の風景

以上、ナショナルギャラリーの膨大なコレクションから選出した名画10作品でした。

上記10作品には、レオナルドダヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロ、フェルメール、レンブラント、そしてゴッホをはじめ印象派の作家など、有名な作家の作品は紹介しませんでしたが、このような一見マイナーな作品のなかにも、多くの傑作を楽しむことができます。

冒頭に紹介したとおり、来年2020年3月には「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が東京にやってきます。

人気のある印象派の作品が中心ではないかと思いますが、ルネッサンスの宗教画や、あまり有名でない作家の作品であっても、どの作品にもストーリーがあり、また、自分の感性に響く作品と出会える楽しみもあります。

11. 【おまけ】世界の美術館

美術館の絵画鑑賞について「何をどう見ていいのかよくわからない。鑑賞を楽しむ方法がわからない」という話を良く聞きます。

かくいう私も、最初は絵画鑑賞の一体どこが面白いのだろうと不思議に思っていました。

それが、学生時代の夏休みを利用してヨーロッパをバックパッカー旅行したときに、各国の美術館巡りをしたことが、転機になりました。

その旅行に携行した「ヨーロッパ美術館ガイド」という本の冒頭には次のように書いてありました。



「美術品を見る目を養うには、たったひとつの方法しかありません。それは、『良いものをとにかく数多く見ること』です」

これは、クラシック音楽鑑賞や舞台鑑賞といった他の芸術鑑賞にも当てはまることだと思います。

これまでに私が訪れた世界の美術館は、30か所以上。世界三大美術館と言われているルーヴル美術館(パリ)、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)、エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルク)も制覇しました。

【これまでに訪れた代表的な美術館】

1. ルーヴル美術館(パリ)
2. オルセー美術館(パリ)
3. ポンピドゥーセンター(パリ)
4. ピカソ美術館(パリ)
5. オランジュリー美術館(パリ)
6. ナショナルギャラリー(ロンドン)
7. テートギャラリー(ロンドン)
8. ウォーレスコレクション(ロンドン)
9. ヴァチカン博物館(ローマ)
10. 国立絵画館(ローマ)
11. ウフィツィ美術館(フィレンツェ)
12. ピッティ美術館(フィレンツェ)
13. アカデミア美術館(フィレンツェ)
14. サンマルコ美術館(フィレンツェ)
15. アカデミア美術館(ヴェネツィア)
16. アルテ・ピナコテーク(ミュンヘン)
17. ノイエ・ピナコテーク(ミュンヘン)
18. 国立ダーレム美術館(ベルリン)
19. ウィーン美術史美術館(ウィーン)
20. アムステルダム国立美術館(アムステルダム)
21. ゴッホ美術館(アムステルダム)
22. ベルギー王立美術館(ブリュッセル)
23. エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルク)
24. プーシキン美術館(モスクワ)
24. ニューヨーク近代美術館(MOMA)(ニューヨーク)
25. メトロポリタン美術館(ニューヨーク)
26. グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)
27. メット・クロイスターズ(ニューヨーク)
28. フリック・コレクション(ニューヨーク)
29. クロイスターズ(ニューヨーク)
30. 国立西洋美術館(東京)

これからも、機会を見つけて、まだ訪れていない世界の美術館(特にスペインのプラド美術館)を訪問できる日を楽しみにしたいと思います。

(2021年3月21日 追記)

2020年~2021年には、コロナ禍のなか、日本(東京・大阪)でロンドン・ナショナル・ギャラリー展が開催され、ゴッホ「ひまわり」、フェルメール「ヴァージナルの前に座る女」ほか、約60点が一挙公開されました。

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