1963年のフレドリック・ブラウン作『未来世界から来た男』から始まり、約600点以上の作品(ほとんどが海外SF小説)が刊行されています。
私は小中学生時代に、宇宙に興味を持ったのがきっかけでSF小説にハマり、創元SF文庫とハヤカワ文庫の小説を片っ端から読みました。
フレドリック・ブラウン『天使と宇宙船』
社会人になってからは、SF小説から遠ざかってしまいましたが、最近またボチボチと読み直しています。以下、70年代~80年代に読んだ作品のなかから、独断と偏見でベスト10を選出してみました(以下ネタバレが含まれます)。
1. フレドリック・ブラウン『天使と宇宙船』
小学生時代に、フレドリック・ブラウン(1906-1972)の作品を読み始めたのが、わたしのSFにハマるきっかけとなりました。SF小説にハマっただけではなく、その後、理工系へ進学したのも、SFによって宇宙への好奇心や想像力が掻き立てられたのが原点だったような気がします。
フレドリック・ブラウンの作品は、創元推理文庫の600冊以上のSF小説のなかで、創刊となった『未来世界から来た男』をはじめ、『73光年の妖怪』『天使と宇宙船』『スポンサーから一言』『宇宙の一匹狼』『宇宙をぼくの手の上に』など短編集を中心に多数刊行、ハヤカワ書房からも『さあ、気ちがいになりなさい』『発狂した宇宙』『火星人ゴーホーム』などの長編が刊行されています。
どの作品も、ユーモアあふれるショートショート作品で、巧妙なプロットと驚くような結末が特徴です。
そのなかからベストを選ぶのは至難の業ですが、敢えて選ぶと短編集の『天使と宇宙船』になると思います。
悪魔を聖水で退治して世界を救ったいたずらっ子の「悪魔と坊や」
ユーディという見えない小人を自殺に追いやってしまった「ユーディの原理」
天国でのタイプライターの誤植が原因で不思議な現象が多発する「ミミズ天使」
どの話も奇抜な発想で、一生忘れることができないほどのインパクトがあります。
物語はジョークのような軽いテーマでも、どの物語も深淵な宇宙と不可思議な世界へのイマジネーションを掻き立てるものでした。
「ミミズ天使」のエンディングでは、主人公が愛するフィアンセと結婚後のハネムーンで(飛行機ではなく)夜行列車の展望台で夜空を眺めながら初夜を迎えるシーンなどは、古き良き時代を彷彿とさせて読んでいてほのぼのとした気分になります。
フレドリック・ブラウンの作品には、ライノタイプ(鋳植機)が頻繁に登場するのですが、それ以外にも、サーカスの巡業団や、酔っ払いなど当時の下層市民がたびたび登場します。
作者本人が、新聞社や雑誌社などで下積み生活を長く過ごしたせいではないかと思います。その経験が、登場人物の人間味やユーモアのセンスに繋がって、作品を味わい深いものにしています。
2. レイ・ブラッドベリ『火星年代記』
レイ・ブラッドベリ(1920-2012)は、幻想的なSF小説分野ではおそらく世界で最も評価の高い人気作家です。『10月はたそがれの月』『何かが道をやってくる』といった短編集は、怪奇と幻想の世界とSFの世界の融合した、珠玉の作品ばかりで本当に素晴らしい作品でした。
レイ・ブラッドベリは、フレドリックブラウンと並んで、短編の名作がとても多いですね。
レイ・ブラッドベリの代表作となると、やはり、『火星年代記』(1950年)になるでしょうか。
2030年から2057年までの火星で起きた出来事を、時系列に沿って誌的に淡々と綴った異色のSF小説です。
地球から火星へやってきた探検隊はことごとく火星人によって絶滅させられてしまいます。諦めずに第4次探検隊を送り出しますが、地球から持ち込まれたウィルスによって今度は火星人が絶滅することに。
その後は、地球からの入植者の話が展開しますが、地球で核戦争が勃発、人間もほとんどが死滅してしまいます。
最後は、火星に再び戻ってきたわずかな数の人間が、移住生活を始めるところで物語は終わります。
この作品を読むと、火星人との戦争や、地球の核戦争、地球外惑星への移住といった一大事でさえ、宇宙の何百億年という膨大な時間の前には、ほんの些細な出来事に過ぎないという、果てしないスケール感に圧倒されてしまいます。
火星で起きる超常現象の数々や、アアア氏とかウウウ氏というふざけた名前の火星人が、人間味たっぷりの振舞いをしている情景や、クスクスクス氏が、はるばる訪れた地球人を精神病患者と断定して射殺、地球人を殺しても幻影が消えないと、その後あっさりとピストル自殺をしたり、ドラマチックな展開にも関わらず、淡々と記述されるところがブラッドベリ作風の特徴です。
『火星年代記』は、粛々と進むストーリーならではの、何度読み返しても味わい深いものがあります。
レイ・ブラッドベリからは、もう1冊だけ『刺青の男』に収録されている「万華鏡」という短編を紹介します。
宇宙船の爆発事故で宇宙空間に放り出されてしまった乗組員たち。宇宙服に残った酸素が切れれば確実に死が訪れる状況のなかで、無線通信で言葉を交わすという物語ですが、抒情的で人間味あふれる物語です。
無限に広がる宇宙空間の暗闇を象徴するような作品になっており、最も気に入っているSF作品のひとつです。
3. A・E・ヴァン・ヴォークト『宇宙船ビーグル号の冒険』
A・E・ヴァン・ヴォークト(1912-2000)の『宇宙船ビーグル号の冒険』(1950年)は、SF小説の古典的名作です。人知を超えた知恵と狂暴性を備える宇宙人たちとの闘いを、ビーグル号に乗船している科学者たちの英知で乗り越えてゆくという冒険活劇です。
総合科学と呼ばれる、社会学、心理学、教育学といった社会・人間科学諸分野を統合した主人公の科学者が、専門領域に固執する科学者たちを後目に大活躍をするところは痛快です。
心理経済学や、工業経営学など、将来の学問の統合を予言していたかのようです。
クァール、リーム人、イクストル、アナビスと、登場する宇宙人はどれも想像を絶する怖ろしい生きものなのですが、人類がいつの日か遭遇するかもしれない宇宙人とは、案外そのような人間とは似ても似つかない生命体なのかもしれませんね。
クァールは、映画『エイリアン』の宇宙人のモデルになりました。
アナビスという超巨大ガス生命体という存在は、奇想天外そのもの。なにしろこの生命体は、遥か彼方の惑星の地表をごっそりテレポーテーションで生命体の存在する惑星上に持ってきて、生命体を瞬時に絶滅させることにより、そのエネルギーを吸収するという本能を持っているのです。
ほかにも『スタートレック』など後世のSF映画界に与えた影響は計り知れません。
4. アルフレッド・ベスター『分解された男』
アルフレッド・ベスター(1913-1987)の『分解された男』は、記念すべき1953年の第一回ヒューゴー賞の受賞作品です。文庫本のカバーのデザインが、なんか分解された血みどろの肉塊を連想させて、ハードなSF小説として記憶に残っています。
物語は24世紀の世界、国民はみなエスパーにより心を監視されており、殺人を計画するすることもできませんが、もし捕まれば最高刑である分解の刑に処されます。実際、エスパーのおかげで70年間殺人事件が発生していないという設定です。
そんななか、主人公のベン・ライクは、夢に現れる「顔のない男」に怖れつつ、ライバル企業の社長ド・コートニーを計画的に殺害します。もちろん、分解の刑に処されるリスクを覚悟で。
文章の格調は決して高くなく、パンクロックのような乱暴な表現や言葉がわんさか。。。物語の大部分は殺人犯の主人公ベン・ライクと、それを追い詰めるエスパー刑事リンカン・パウエルの壮絶な死闘で、グイグイ引き込まれますが、主人公がいよいよ追い詰められてからの展開はまさに「あっと驚く」展開の連続と、謎解きの面白さ、そして最後は人類の進化や人間愛にまでテーマは一気に拡大します。
(超ネタバレですが)主人公のベン・ライクと、殺害されたド・コートニーは、実の親子だった、目撃者のド・コートニーの娘も異母兄弟だった、という衝撃の内容は、その後の「スターウォーズ」のダース・ベイダーとルーク/レイア姫の親子関係の構想にも大きな影響を与えたのではと考えてしまいます。
『分解された男』は、単なる宇宙や科学技術を題材にしたSF小説ではなく、「顔のない男」に象徴される人間の深層心理を鋭く突いたサイコスリラーであり、また、エスパーという超能力が支配する社会と人類の進化など、壮大なテーマを扱っています。
最後に「分解された」ベン・ライクが、宿敵リンカン・パウエルに「パウエル、エスパー、友だち」とメッセージを伝えるくだりは、意表を突かれて感動を覚えました。
今で言うところのディストピア小説、つまり、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』のような、徹底的に管理された自由の無い世界を描いた作品に属する小説ですが、エスパーの管理する社会という暗い面ではなく、未来の人類にとっての前向きなメッセージが込められているところが、古き良きクラシックではないかと思いました。
これは全くの余談ですが、中学時代に友人に「分解された男を買ったよ」と話したら、「えっ文化祭で男を買ったの!?」と返されたことを覚えています。
5. アーサー・C・クラーク『地球幼年期の終わり』
アーサー・C・クラーク(1917-2008)は、あの『2001年宇宙の旅』をはじめ、数々の傑作SF小説を生み出した巨匠です。『地球幼年期の終わり』(1953年)は、比較的初期の作品です。
巨大な円盤状の宇宙船多数が世界各国の首都上空に突如現れて、地球を管理下に置きます。その50年後に、姿を現した支配者たちは、なんと悪魔(サタン)と酷似していました。
支配者たちの庇護のもと、地球の子供達は未知の能力と知性を備え、地球を後にします。結局取り残された大人たちは地球とともに滅亡の道を進むという、壮大な人類進化論(滅亡論)です。
当時中学生だった私には、『地球幼年期の終わり』は難解過ぎたため、読了するのに苦労したのをよく覚えています。
大人になって読み返して、この作品の、宗教や神、進化論と聖書といった深淵な内容に触れることができました。
人類の進化は、超長期的には継続的なものではなく、突然変異のように旧人種から新人種へステップアップするのかもしれません。
6. ロバート・A・ハインライン『太陽系帝国の危機』
ロバート・A・ハインライン(1907-1988)は、アーサー・C・クラーク、アイザック・アシモフと並んで、SF御三家と呼ばれています。『太陽系帝国の危機』(1956)は、そんなハインラインの代表作のひとつです。
太陽系帝国の最高大臣を選出する期間中に、出馬している立候補者の一方が、植物人間化してしまったので、なんと、代わりに影武者を擁して選挙を乗り切ろうとする物語です。
ストーリーの中核は政治闘争であるため、当時中学生だった私には非常に難解でした。正直この小説がどうして中学生の感受性に響いたのか不思議ですが、とにかく40年経った今でも記憶に残っているのは事実です。
宇宙のロマンや神秘を売りにしたSF小説とは対極にある、未来の社会を描いた異色作です。火星人や銀河帝国という壮大な構想はSFですが、そこに描かれている人間や組織の問題は、現代にも通じる普遍のテーマですね。
主人公のロレンゾは、俳優という職業を超えて替え玉というフェイクの人生を貫き通すのですが、今読み返してみると、これは「フェイクニュース」に溢れる現代社会を予知していたのではと思います。
替え玉が世間を騙し通した実例も少なくありません。
聴覚障害にも関わらず「交響曲第1番 広島」を作曲したと言われた佐村河内守は、現代のベートーヴェンともてはやされ、コーストライターが発覚するまでは、著名な音楽評論家が絶賛するなど、世間を完全に騙すことに成功しました。
音楽や映像、食料品、工業製品など、それが真実か偽物か、偽物も徹底的に追及すると真実を超えるという例は現在ではいくらでも見受けられます。今後はAIの発展とともに、真実と偽物の区別はいよいよ曖昧なものになるでしょう。
7. ラリー・ニーヴン, ジェリー・パーネル『神の目の小さな塵』
ラリー・ニーヴン(1933-2017)とジェリー・パーネル(1938-)の共著による『神の目の小さな塵』(1978)。人類が銀河系の隅々まで支配している遠い未来の話です。あるとき正体不明の宇宙船が現われ、人類に接触を求めてきたところから物語は始まります。
「おそらくわたしがこれまでに読んだ最高のサイエンス・フィクション」とロバート・ハインラインが激賞し、現代アメリカSF界の話題を独占した超大作です。
本作は、いわゆる「ハードSF」と呼ばれています。
ハードSFとは、科学性の極めて強い、換言すれば科学的知見および科学的論理をテーマの主眼に置いたSF作品のことです(Wikiより)。
が、この本の表紙には鮮烈な記憶があるんです。何だか新しい世界を垣間見た宝物を持っていたようなイメージ。。。
せっかくなので、これを機に先入観無しで再度読もうかと思っています。
8. アイザック・アシモフ『わたしはロボット』
アイザック・アシモフ(1920-1992)の古典『わたしはロボット』(1950)も、忘れ難い名作です。この小説で、アシモフは、いわゆる「ロボット工学三原則」を提唱しました。ロボット工学三原則とはロボット三原則とも呼ばれ、ロボットが従うべきとして示された原則で、
- 第一法則:ロボットは人間に危害を加えてはならない.またその危険を看過することによって,人間に危害を及ぼしてはならない(人間への安全性)
- 第二法則:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなくてはならない.ただし,与えられた命令が第一法則に反する場合はこの限りではない(命令への服従)
- 第三法則:ロボットは前掲の第一法則,第二法則に反するおそれのない限り,自己を守らなければならない(自己防衛)
ウィル・スミス主演で映画化もされているので、ご存知の方も多いと思います。
映画『アイ,ロボット』
この本を始めて読んだとき、私はまだ小学6年生でしたが、アシモフの説くロボット三原則は非常にわかりやすく、その後、理工学部へ進学する進路決定に大きな影響を受けました。
驚くべきことに、執筆から70年の歳月を経てようやくAIが実用化されつつある現在でも、この作品の内容は色褪せるどころか、いよいよ古典として重要視されています。
小説としては、ミステリーのカテゴリーになります。アシモフらしく、将来を楽観も悲観もせずに、読者の良識に任せています。
9. フランク・ハーバート『デューン/砂の惑星』
フランク・ハーバート(1920-1986)の代表作である『デューン/砂の惑星』は、全6部作の超大作です。- 『デューン/砂の惑星』("Dune":1965年)
- 『デューン/砂漠の救世主』("Dune Messiah":1969年)
- 『デューン/砂丘の子供たち』("Children of Dune":1976年)
- 『デューン/砂漠の神皇帝』("God Emperor of Dune":1981年)
- 『デューン/砂漠の異端者』("Heretics of Dune":1984年)
- 『デューン/砂丘の大聖堂』("Chapterhouse : Dune":1985年)
『デューン/砂の惑星』は、あまりに壮大で、SF小説という枠を超えて、権力抗争、宗教問題、人間の進化などさまざまな要素を包含した古典的文学です。
私が読んだのは、そのうち1から4まででした。当時中学生だった私は、その圧倒的な世界観を十分に堪能することはできませんでした。
しかし、石ノ森章太郎のカバーと挿絵が印象的で、当時、京王線新宿駅に隣接していた書店の店頭で立ち読みしていたのですが、店に流れていたショパンのピアノ曲とともに強烈に記憶に刷り込まれています。
その後、デヴィッド・リンチ監督によって『デューン/砂の惑星』が映画化されたのをきっかけに、再びこの作品に興味を持つことになり、社会人になってから5と6を読了しました。
映画『デューン/砂の惑星』
『デューン/砂の惑星』(1986年公開)は、公開当時はその難解なプロットとグロテスクな描写から、散々な酷評を受けて商業的には大失敗だったのですが、その後再評価され、30年経った今でもカルト的な人気を誇っています。
デヴィッド・リンチ監督の『デューン/砂の惑星』については、以前ブログ記事にしました。
デヴィッド・リンチの最高傑作『デューン/砂の惑星』『マルホランド・ドライブ』『ツイン・ピークス』
『デューン/砂の惑星』はリメイクが現在進行中で、『ブレードランナー 2049』(2017)ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、『君の名前で僕を呼んで』で第90回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたティモシー・シャラメ主演で、2020年12月に米国で公開予定です。
DUNE Trailer #1 (NEW 2020) Timothée Chalamet, Zendaya
10. ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』
ジェイムズ・P・ホーガン(1941-2010)の代表作である『星を継ぐもの』(1977)は、読者投票で第1位、Amazonの創元SF文庫カテゴリーでも1位のベストセラーと、国内では絶大な人気を誇っています。続編の巨人たちの星シリーズとなる『ガニメデの優しい巨人』(1981)『巨人たちの星』(1983)も読みましたが、『星を継ぐもの』が断然面白いです。
月面で5万年前の人間の死体が発見され、木星では地球のものではない宇宙船の残骸が発見されるという謎解きは、圧倒的な時代スケールとともに感動的な結末を迎えます。
まさか、現代の人間が、かつて宇宙飛行ができるほどの高度な知能を誇っていたにも関わらず、原始時代に退化してしまったのち、再び進化を遂げた歴史があったとは。。。
さらに、月がかつては木星の衛星で、惑星間戦争によって地球の軌道まで吹き飛ばされてしまったとは。。。!
圧倒的な写実で、宇宙の歴史に思いを馳せながら夢中で読みました。
主人公チャーリーと巨人コリエルの人種(?)を超えた友情関係についても丁寧に綴られています。
ベスト10の作品のなかでは、唯一、読んだ時期が(多感な青春時代ではなく)社会人になってからのものです(1980年に創元推理文庫より発刊)。
11. まとめ
以上、独断と偏見の海外SF小説ランキングベスト10でした。後半のほうの作品は、記憶がほとんどなくなってしまったものも多かったのですが、文庫本のカバーを鮮烈に覚えているということが、内容にも感動したものに違いないという前提でランキングに入れました。
SF小説の魅力は、何と言っても、壮大な宇宙世界に対する想像力と好奇心を掻き立てられることにあります。
銀河の彼方には何があるのか、果たして宇宙人は存在するのか、時間や空間を超越した世界はあるのか、などなど。。。
実は、私は小学生のときに、SF小説を書いたことがあります。宇宙の果てでの異星人との交流をテーマにしたものですが、構想だけがあまりに壮大過ぎて、未完成で終わりました。。。
自筆のSF小説
これを機に、大人になった今、SF名作の数々をもう一度読み返して、いつかは未完成のSF小説を書き上げたいと思っています。
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