映画『ロスト・ハイウェイ』:「心因性記憶喪失」がカギとなるクライムサスペンスの傑作

 映画『ロスト・ハイウェイ』は、犯罪者の「心因性記憶喪失」がカギとなるクライムサスペンスの傑作です。


「ロスト・ハイウェイ」

こちらは「マルホランド・ドライブ」と同じ「謎解き」映画です。たぶん1度観ただけではストーリーも含めてなんのことやらサッパリ。。。だと思います。

おおざっぱなストーリーはこんな感じです。

前半は人妻殺しのミステリーから死刑宣告、刑務所収監まで、ところがある日突然、収監されている受刑者がまったくの別人(行方不明だった若者)に入れ替わってしまい、本人も過去の記憶がなく、保釈されてからは、マフィアの愛人と逃避行のために犯罪に手を染めて。。。

この映画を理解する鍵は、リンチ自ら語っているように、かつて米国中を震撼させた「O.J.シンプソン事件」です。

O.J.シンプソン


O.J.シンプソン事件。。。1995年の春だったと思います。アメフトのスーパースターであり、映画俳優としても大成功を収めた黒人のO.J.シンプソン、彼の元妻とその友人が自宅近辺で惨殺された事件で、状況判断からして犯人はO.J.シンプソンであることは誰もが確信したのですが、カリフォルニアの陪審員制度と黒人差別問題を巧みに利用して、O.J.シンプソンは、無罪判決を勝ち取ってしまった事件を指します。

リンチはそこに、犯罪者の「心因性記憶喪失」という特徴を持ち込みました。つまり、犯罪者の心理として、自分が犯した残虐な殺人を抽象化して、あたかもそれが自分自身から遊離した客観的な事件として捕えることで、日常の正気を保つことができるというわけです。

「マルホランド・ドライブ」で、自ら犯した罪の深さに耐えきれず、自殺するヒロインとは対照的な犯罪者の特徴でしょうか。

ビル・プルマン演じる主人公フレッドはまさにこの「心因性記憶喪失」であると理解すると、前半のストーリーはすべて彼の妄想であることがわかります。

この映画には、顔が白塗りの薄気味悪い男(ミステリーマン)が度々登場しますが、「マルホランド・ドライブ」のカウボーイを彷彿させます。彼はやはり実在の人物というより、主人公の心理状況の象徴として解釈するのが自然のようです。

ミステリーマン


このミステリーマンとあわせて全編不気味な雰囲気が漂っていますが、音楽を担当しているのがなんとナインインチネイルズとマリリンマンソンなんですね。。。

ナインインチネイルズはインダストリアル・ロックの大御所で、最近では映画「ソーシャルネットワーク」でも楽曲を提供しているほどのメジャーなバンド(というかトレントレズナーの単独プロジェクト)ですが、この当時(1997年)は、代表作「ダウンワード・スパイラル」を発表した後の一番ノッている時期だけあって、楽曲のクオリティも最高です!

ちなみにナインインチネイルズについては、その来日公演ライブについての記事を以前書いたことがあります。こちらです。。。

話が脱線してしまいましたが、主人公フレッドの美しい若妻レネエ(パトリシア・アークエットが好演)は、かつて人に言えないようなヤバイ職業(ポルノ女優)についていたことがあり、それが疑惑を呼び起こして、主人公は嫉妬のあげく愛妻の殺人に至ってしまうというのが読み筋ではないかと思います。

レネエ役のパトリシア・アークエット


フレッドが獄中で一晩にしてピートに入れ替わってしまうあたりから話は急転し、観ているこちら側の理解も付いていけなくなります。。。その後もピートとフレッドは何度も入れ替わってしまい、さらに映画の意味不明度は増してしまいます。

ピートとフレッドが「心因性記憶喪失」の二重人格であることは容易に理解できるのですが、実在の人物だったのはフレッドだったとすると、ピートの人物設定(マフィアのお気に入り自動車整備士、そのマフィアの愛人かつポルノ女優がレネエ)は一体どのような意味があるのでしょうか。。。?

うーーん難解です。。。

ところで、この映画のテーマは何でしょうか?

O.J.シンプソンのような怪物を生み出してしまった現代社会(特にハリウッド社会)への痛烈な批判なのか、それとも社会の犠牲になった女性への鎮魂歌でしょうか?

「マルホランド・ドライブ」のダイアンと違って、この映画では、惨殺されたレネエの無念に感情移入することは厳しいです。むしろ、結婚して幸福な人生を歩んでいたはずのフレッドのほうに同情してしまいますが。。。

まだまだ読みが足りないようですね。。。

再び関係ない話ですが、ジャックの父親役でゲイリー・ビジーが出演しています。彼はかつて「ビッグ・ウェンズデー」というサーフィン映画(素晴らしい名作)で3人のサーファー役のひとりで出演していたのですが、こんなところで見かけるとは意外でした。。。!どうやら私生活でもゴタゴタが多かったらしく、結局大成しなかったようで残念です。。。

ゲイリー・ビジー


「ロスト・ハイウェイ」は、リンチ作品には珍しく、出演者に常連俳優はほとんど出てきません。マフィア役のロバート・ロッジアくらいでしょうか。

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