これまでに観た映画の生涯ベストは何か?と聞かれれば、迷いなく、デヴィッド・リンチ監督の「マルホランド・ドライブ」と答えます。
この作品の見どころをまとめました(注:以下の内容はネタバレ満載です)
1. 『マルホランド・ドライブ』
以下はWikiからの引用です。
『マルホランド・ドライブ』(Mulholland
Drive)は、デイヴィッド・リンチ監督による2001年のアメリカ映画である。ただし制作にあたってフランスの映画配給会社による資本提供を得ている(後述)。第54回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。
日本公開時のキャッチコピーは「わたしのあたまはどうかしている」。作者はコピーライターの蛭田瑞穂。
あらすじ
夜のマルホランド・ドライブ道路(英語版)で自動車事故が起こる。事故現場から一人生き延びた黒髪の女性は、助けを求めにハリウッドまでたどり着く。女性が偶然潜り込んだ家は、有名な女優ルースの家だった。ルースの姪である女優志望のベティに見つかった黒髪の女性は、部屋に貼られていた女優リタ・ヘイワースのポスターを見て、反射的に「リタ」と名乗った。彼女はベティに自分が事故で記憶喪失になっていると打ち明ける。リタのバッグには大金と青い鍵。ベティはリタの失った記憶を取り戻すことに協力する。
キャスト
括弧内は日本語吹替
ベティ・エルムス/ダイアン・セルウィン:ナオミ・ワッツ(山本雅子)
リタ/カミーラ・ローズ:ローラ・ハリング(高島雅羅)
ココ(ミセス・ルノワ)/ココ(アダムの母親):アン・ミラー(久保田民絵)
アダム・ケシャー:ジャスティン・セロー(森田順平)
ハーブ:マイケル・クーク(内田直哉)
スミス:デヴィッド・シュローダー(後藤哲夫)
レイ:ロバート・カティムス(松井範雄)
ダービー:マーカス・グレアム(岩崎ひろし)
ウォーリー:ジェームズ・カレン(北村弘一)
ウディ・カッツ:チャド・エヴェレット(手塚秀彰)
クッキー:ジェノ・シルバ(藤本譲)
ジョー:マーク・ペレグリノ(咲野俊介)
魔術師:リチャード・グリーン(廣田行生)
ドムガード刑事:ブレント・ブリスコー(楠見尚己)
ハリー・マックナイト刑事:ロバート・フォスター(宗矢樹頼)
ルース:マヤ・ボンド(定岡小百合)
ダン:パトリック・フィッシュラー(新垣樽助)
シンシア:キャサリン・タウン(河内麻友子)
アイリーン:ジーン・ベイツ(重松朋)
ロレイン:ロリ・ヒューリング(斎藤恵理)
ジーン:ビリー・レイ・サイラス(佐藤晴男)
ウィンキーズのウェイトレス:メリッサ・クライダー(山門久美)
12号室の女:ジョハナ・ステイン(倉持良子)
ルイージ・カスティリアーニ:アンジェロ・バダラメンティ
ヴィンチェンゾ・カスティリアーニ:ダン・ヘダヤ
本人役:レベッカ・デル・リオ
ニッキー:ミシェル・ヒックス
ルイーズ・ボナー:リー・グラント
カミーラ・ローズ:メリッサ・ジョージ
リンチ独特の世界観
本作品には、直線的に進行するストーリーが存在しない。現実のシーン、回想のシーン、空想のシーン、夢のシーン、ストーリーに関わりのなさそうな第三者のシーンなどが説明のないまま鏤められているような印象を与えがちである[3]。それが誰の「回想・空想・夢」なのか、果たして「現実のシーン」などあるのかという疑問を通常観客は抱きがちである。
観客は映画・および入手した情報全体から、それぞれ自分なりのストーリーを作り出し、その世界観を解釈することもできるし、或いは幻惑的とも言えるシーン展開に身を任せることも可能である。
こうした手法は、『イレイザーヘッド』 『ブルーベルベット』
『ツイン・ピークス』
『ロスト・ハイウェイ』などの、リンチ自身が脚本を書いている作品から連綿と受け継がれている。その脈絡の無さ、意味不明さを突きつけられた観客が無理矢理にストーリーと世界観を組み立てる事が、「人が無秩序な現実世界を前にして、無理矢理に“世界観”を組み立て、人生を“ストーリー”化する」さまを、映画というメディアに投影しているという解釈も出来る。しかしそれも数ある解釈の一例に過ぎない。
英BBCが選んだ「21世紀 最高の映画100本」でベストワンに選ばれている[4]。
イギリスのエンタメニュースサイトdigital
spyの「映画に出てくる名セックスシーンベスト10」で3位に選ばれた[5]。
英国映画協会が2022年に発表した「史上最高の映画100本」で8位に[6]、「映画監督が選ぶ史上最高の映画100本」では22位に[7]選ばれた。
(引用おわり)
予告編】2024年9月27日(金)より『マルホランド・ドライブ 4Kレストア版』
映画の題名のマルホランド・ドライブ(Mulholland Drive)とは、ロサンジェルスに実在するハリウッド・ヒルズの稜線に沿って走る全長34kmの道路です。
2. 難解なストーリー
この映画を最初に観たときは、ストーリーに全く追い付けず、不可解なシーンのオンパレードでいったいなんのコッチャ状態でした。
ただ映画全体が放つ独特の妖艶な雰囲気(これぞデヴィッド・リンチワールドです)に心を奪われてしまい、強烈な印象が残りました。
その後何度か観ているうちに、なんとなく背景が理解できるようになります。それでも解釈に自信がなく、不可解なシーンの多くは謎のままです。
そこで、ここからはネットの解説に頼ることになります。「マルホランド・ドライブ」の謎解きサイトはいくつかあるようです(映画:マルホランド・ドライブ あらすじ)。
すると。。。
これまで不可解だったシーンに実は深い意味が隠されていることがわかり、まるでジグソーパズルが組み上がるように、頭のなかですべてのシーンが有機的に結び付き出します。
リタ/カミーラ(ローラ・ハリング)とベティ/ダイアン(ナオミ・ワッツ)二人が主人公の、夢と現実が交錯したストーリー。
夢の世界では、交通事故で記憶喪失になったリタが、駆け出しの女優ベティの助けを借りて自分が誰でどこから来たのかを探す。
現実の世界では、かつて愛人関係だったダイアンを捨てて若い映画監督と結婚することを決めたカミーラに対し、ダイアンが、嫉妬心からカミーラの暗殺を企てて殺し屋を雇う。
最期は、カミーラを暗殺したことの良心の呵責に耐えきれず、ダイアンが拳銃自殺して幕を閉じる。
平たく言ってしまえば、この映画は、ハリウッドで挫折した田舎出の女優が、妬みからかつての愛人(成功してスターになった)を殺し屋を雇って命を奪ったものの、良心の呵責に耐えかねて最後には自殺するまでの回想録(ほとんどは彼女が眠っている間に見た夢の話)です。
3. 印象的なシーン
あら筋が理解できると、この映画のテーマである、主人公の愛と憎しみ、人生が決して望み通りに行かないことの無常感、無念さといった感情に圧倒されます。。。
また、この映画は、普段の生活では封印して決して表に出て来ない底なしの恐怖というものを剥き出しにしてしまいます。
3.1 カーレースとロサンゼルス市街の夜景
冒頭のシーン、真夜中の無謀な若者たちのカーレース(とその顛末)は、まさに狂気の至り
冒頭の自動車事故
自動車事故のあと、リタが見降ろすロサンゼルス市街の美しい夜景ですが、ここにこの映画のすべてが象徴されているような気がします。
表向きは美しいが、その裏には欲望の渦巻くドロドロとして怖ろしいものが潜んでいる恐怖。。。表向きは華やかなハリウッドの世界、その裏で配役争いを巡る熾烈な競争、汚い手段、犯罪。。。リンチはこういったものを映画を通して訴えたかったのではないかと思います。
あれほどの大事故に逢いながら、リタはほとんど無傷で生き延びるという、この映画の最初の矛盾に気づけば、その後の数々の矛盾から、この映画は現実ではなく夢の世界を描いている、と気が付くはずです。
3.2 I've Told Every Little Star
映画のなかでオーディションでカミーラ・ローズが歌う I've Told Every Little
Star(邦題「星に語れば」)は、60年代のオールディーズの無垢なラブソングであるにも関わらず、このシーンで使われると、背筋が寒くなるほど怖ろしい歌に変貌してしまいます。。。
I've Told Every Little Star(「星に語れば」)
「星に語れば」は「マツコの知らない世界」のテーマ曲として有名になりましたね。
I've Told Every Little
Star(「星に語れば」)は、1932年にジェローム・カーンとオスカー・ハマースタイン2世が『Music
In The Air』というミュージカル映画のナンバーです。
いろいろなアーティストが歌っていますが、本作のバージョンはLinda
Scottが1961年にカバーしたものです。
I've Told Every Little Star(「星に語れば」)
3.3 クラブ・シレンシオ
次のこのシーンも強烈です。
これはベティ(ブレイク前のナオミ・ワッツが好演)とリタが夜中にロス市街のナイトクラブ(クラブ・シレンシオ)を訪ねるシーンですが、その雰囲気はまさにデヴィッド・リンチワールド!
カメラがナイトクラブの入り口に近づくカメラワークは、それが人間の視点ではなく、何か地を這う生き物の視点で迫るところが空恐ろしい。。。
No Ai Banda!
(ここに楽団はいない!)と凄むステージ上の男と、それを証明するかのような奏者の空演奏。陰影なサウンドもさることながら、続く「泣き女」のバラードLlorandoは真に心に響きます。
Llorando
真っ赤なシルクで覆われたステージは、「ツイン・ピークス」のThe Black
Lodge(後述)に通じるものがあります。
4. まとめ
ほかにも、怪しい老夫婦、カウボーイの男、ウィンキーズ(ダイナー)の裏に棲む浮浪者、電話口の会社重役、ドジな殺し屋、などなど。。。
最初は意味不明だった登場人物それぞれが、実は深い存在意義があることがわかってくるのです。
以下のYouTubeの解説は、映画の難解なシーンを見事に解説してくれます。
Mulholland Drive Diner Scene Analysis
しかし、デヴィッド・リンチ監督は、明確な解答を出さず、すべて観る者の解釈に委ねています。つまりこの映画の解釈は人それぞれであると。。。
このような映画鑑賞体験は衝撃的でした。
もう何十回と観ていますが、そのたびに新しい発見と感動があります。まだ理解できないところも残っています。いくつかの異なった解釈ができるシーンもあります(例えば、老夫婦は田舎の両親で、ダイアンは性的虐待を受けていたという解釈に対し、老夫婦は一般世間の聴衆を象徴しているという解釈など)。
映画を観ながらストーリーの解釈などまっぴらという人も多いと思います。
「マルホランド・ドライブ」の素晴らしいところは、そのような「ながら見」でも映画全体に漂う雰囲気を十分堪能できるところにあります。
例えて言えば、名画鑑賞に似ているでしょうか。。。本当に素晴らしい名画は、その制作背景やテーマを知らなくても十分楽しめるのと同じですね。
(2021年5月20日 追記)
映画の終盤、エンドクレジットの直前に、ダイアンのロス到着から破滅に至るまでの走馬灯のようなシーンで流れるBGM
"Love Theme"
が印象に残っていたのですが、その旋律がバルトークの弦楽四重奏曲第5番にソックリであることに気付きました。
開始1分30秒くらいからの旋律が、デヴィッド・リンチ監督の映画「マルホランド・ドライブ」のラストシーンで流れるBGM(Love
Theme)にソックリなんです。
これはもう、デヴィッド・リンチ監督がこの曲を知っていて、バルトークからモロに影響を受けたとしか考えられません。
「マルホランド・ドライブ」から"Love Theme"
上の"Love Theme"の2分15秒くらいからの旋律と、下のバルトーク弦楽四重奏曲
第5番 第2楽章の1分45秒くらいからの旋律をぜひ聴き比べてみてください。
バルトーク弦楽四重奏曲 第5番 第2楽章
どうですか?ソックリではありませんか?
バルトークとデヴィッド・リンチ監督がこんなところで繋がるとは感慨深いです。
(2022年3月30日 追記)
デヴィッド・リンチ監督の自伝書『夢みる部屋』(2020)を読みました。
本書には、この作品がどのような数奇な運目を経て映画化されかたが詳細に記されています。
『マルホランド・ドライブ』は当初、劇場映画ではなくTVシリーズ向けに撮影されたものだっというのは驚きです。
ABCやディズニーの重役たちのケチがついて、お蔵入りしてしまったものを、スタジオカナルを中心とした新しいスポンサーが買い取って、追加撮影を経て劇場向け映画として復活させたのでした。
本著には、『マルホランド・ドライブ』を実に的確に表現しています(以下引用)。
「人生がはっきりした直線として展開するわけではない。人は一日の中で実際に身の回りで起こっている出来事の中を動く間、記憶や妄想、欲望、未来の夢を出たり入ったりする。そうした心のゾーンは相互ににじみあう」
「『マルホランド・ドライブ』はこうした複数の知覚水準を反映する流動的な論理を持って、様々な主題を検討する」
不世出の傑作映画が誕生したのが、これほどまでに偶然や運命に翻弄されたのかと驚くばかりです。
(2024年8月20日 追記)
ビッグニュースが飛び込んできました。
なんと、4Kレストア版が2024年9月27日(金)より1週間限定リバイバルで日本初の上映が決定!
『マルホランド・ドライブ』を劇場で鑑賞できるだけでも有難いのに、リンチ監督自らの4Kレストア版が観れるとは。。。これは万難を排して観に行くしかありません。
(2024年12月13日 追記)
デヴィッド・リンチ監督の『デイヴィッド・リンチ 幻想と混沌の美を求めて』(2024)を読みました。
本書では、リンチの長編映画10本とTVシリーズ2本について詳しく解説するとともに、彼の生い立ちや多様で豊富な芸術や表現がどのように作品に影響を与えたのか、貴重な場面写真やオフショットとともにカラーや図面を豊富に交えて解説しています。
ナオミ・ワッツは、この映画に出演する前は、ほとんど売れない女優で冷や飯を食っていたんですね。。。まさに映画で演じたダイアンと同じ境遇を地で行っていたとは!
(2024年12月18日 追記)
『マルホランド・ドライブ』がAmazon Prime Videoの新着で公開中です!
トンデモだらけの人々でしたが最高傑作のひとつだと思います。
返信削除本当にトンデモだらけの人々ばかりですよね。。。こんなユニークな映画は滅多にないと思います。
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