東京など4都府県は本日(2021年4月25日)から5月11日までの17日間、3回目の緊急事態宣言に入りました。
最近2冊の本を読みました。どちらも同じ「グレート・リセット」という題名です。
2冊のグレート・リセット
左側の黄色い本は、コロナ禍以前の2011年に出版され、右側の白い本は、コロナ禍真っ只中の2020年に出版されました。
「グレート・リセット」とは、大不況のあとにやってくる経済社会秩序の幅広い根本的な変革を指します。
世界経済フォーラム(WEF)が開催するダボス会議の2021年のテーマが「グレート・リセット」でした(本会議は2021年8月に予定)。
リチャード・フロリダ氏の著書(黄色い本)に関しては、先日ブログに書きました。
[グレート・リセット] クルマや持ち家はもはや不要?アフターコロナに着実に進行する経済と社会の大変革とは
今回は、世界経済フォーラム会長のクラウス・シュワブ氏とティエリ・マルレ氏の共著(右側の白い本)の所感をまとめてみました。
『グレート・リセット』(2020年)は、世界経済フォーラムの創設者・会長のクラウス・シュワブ氏とティエリ・マルレ氏の共著です。
『グレート・リセット』の「緊急出版にあたって」から以下引用します。
迫り来る難問の数々は、これまで誰もが想像しなかったような悲惨な結果をもたらすかもしれません。
しかし、私たちがもう一度すべてやり直そうとする力を、これまで考えもしなかった規模と連帯感で結集すれば、そのような無残な結末を迎えないようにすることも可能なのです。
(引用おわり)
本著の「はじめに」にあるように、『グレート・リセット』(2020年)は、学術書でもありエッセーでもあります。
ポスト・コロナの「新しい世界」(ニュー・ノーマル)に向かう世界について、どのようなものについて、あるいは、どのようなものになるべきかについてわかりやすく述べ、予想やアイデアを盛り込んでいます。
リチャード・フロリダ著の『グレート・リセット』(2011年)と比較すると、読みやすく構成されていますが、考えの根拠となる定量的なデータがあまり提示されていません。
また、『グレート・リセット』(2011年)では、政府は限定的な役割に徹することを説いていましたが、本著では、コロナ危機に対応するための政府の主導的な役割についてハイライトされています。
以下に本著からの引用と私見をまとめました(太字は本文からの引用)。
2. 経済のリセット
本著の構成は、前半に経済・社会的基盤・地政学・環境・テクノロジーといったマクロリセットを解説し、後半に産業・企業・個人といったミクロリセットに触れています。
製造業や農業と違い、サービス業が失った売上は永久に失われる。製品や原材料の在庫がないサービス分野の企業は、そうした資産を使って後で売上を回収することができないからだ。
なるほど確かに自動車産業などは、昨年のコロナ禍の影響で売上が20%近く落ち込みましたが、最近はかなりの勢いで回復していますね。
ほとんどの国は、パンデミック以前の規模に戻るには何年もかかるだろう。
私も同感です。
昨年のWBSでは、政財界の要人に、今後の日本経済(の回復)の時期を占ってもらうコーナー「コロナに思う」がありましたが、ほぼすべての出演者が、紋切り型に「来年はV字回復」と指でなぞって予想していました(笑)
公的な立場上、景気回復まで何年もかかるとホンネが言えないのであれば、こんな企画は止めたほうが良かったのでは。。。
「ジャパニフィケーション」(日本化)はしばしば、主に高所得国で成長もしなければインフレも起こらないが、耐えがたい額の借金を背負うという絶望的な組み合わせとして描かれる。
しかし、データを日本の人口構成に当てはめてみれば、日本はほとんどの国よりも健全であることがわかる。
この指摘は、我々日本人からすると意外かもしれません。
幸福度は低いものの、実質的GDPの伸びや、高い生活水準というのは、G7のなかでもトップクラスなのは確かに事実です。
日本政府の財政・金融政策は、決して失敗しているわけではなく、むしろ成功していると言えるのではないでしょうか?
日本の債務残高は、GDP比の2倍以上(266%)で、世界でも突出した高さであることは有名ですが、今回のコロナ禍で、他国も債務残高を大幅に増やすことは間違いありません。
日本は個人の貯蓄(個人金融資産残高)が債務残高と同じレベル(1800兆円)もあるのだから心配ないという理屈を良く耳にしますが、個人的にはその理由よりも、財政赤字をすべての諸悪の根源とみなす考えそのものが間違っていると思います。
詳しい内容は、『世界をダメにした10の経済学』という本の「邪悪な理論4 - 増税は財政赤字の穴埋めになる」に解説があります。
3. 社会的基盤のリセット
今回のパンデミックは、新自由主義の終焉を告げるものとなりそうだ。
新自由主義は、連帯よりも競争、政府介入よりも創造的破壊、社会福祉よりも経済成長を重んじると大まかに定義される概念や政策の集成である。
これは本著に一貫した重要なメッセージです。
『グレート・リセット』(2011年)では、小さな政府が第三のグレート・リセットの前提と予測していたので、大きな相違点でもあります。
実際、1.3.3項では、「大きな政府の復活」というタイトルで、
医療制度が充実しているか、有能な官僚がいるか、財政は健全かといったことが、極めて重要だからだ。優れた政府がいるかどうか、それが私たちの生死を分けるのである。
と断固とした主張を述べています。
では日本には優れた政府がいるでしょうか?
残念ながら、現在のワクチン接種が大幅に遅れている状況を見ると、日本政府には政治的なリーダーシップが欠如していると言わざるを得ません。
2021年4月23日現在、日本のワクチン接種回数は100人当たり僅か1.86回に留まり、これはイギリスの64.61回、アメリカの64.5回の足元にも及びません。
(WBS 2021年4月23日)
どうして、ワクチン接種がいずれ始まることが、昨年の時点で分かり切っていたにも関わらず、対応を地方自治体任せにしているのでしょうか??
私の父(89歳)の住む大田区は、2021年4月25日現在で、ネットでの予約システムは
「準備中です」
の状態のままです。。。
公の発表では、65歳以上の高齢者に対しては4月上旬から始まっているはずなのですが。
ワクチン接種スケジュール(WBS 2021年2月18日)
連邦政府が州政府に運営を任せているアメリカでさえ、順調にワクチン接種が進んでいるというのに、中央政府が絶対的な権限を持っている日本で、なぜ政府がリーダーシップを発揮せずに、地方自治体に責任転嫁をしているのか、理解に苦しみます。
。。話を元に戻します。
10年以上も訓練を受け、救った命の数によって期末に評価される医師の報酬が、トレーダーやヘッジファンドマネジャーの報酬より見劣りするのはなぜか。
患者の命を救うために費やす金額にしても、看護師や医師が受け取る報酬にしても、多くの国の医療制度に不備があることがこのパンデミックによって明らかになった。
金融業界や金融機関の拝金主義に対する痛烈な批判は、『グレート・リセット』(2011年)と共通しています。
金融業が、株式相場を操作したり他人のカネを借りて株を売買して(自分たちだけの)材をなすといった風潮は是正され、(生産に従事しない)介在者という従来の役割に徹するように変わる必要があります。
ここ数カ月の異常なほどの株高もあって、アメリカをはじめ各国政府はキャピタルゲイン増税を検討しているというニュースが流れています。
しかし、個人的には、株や土地などの売却益への増税よりも、金融機関の労働者と医療機関やエッセンシャルワーカーの労働者の給与のアンバランスという職種による格差是正を、今こそ行政が介入すべきではないでしょうか?
4. 地政学的リセット
「グローバリゼーションのトリレンマ」
グローバリゼーションのトリレンマとは、経済のグローバリゼーション、政治的民主主義、国家主義という3つの概念は互いに相容れないものであり、常にこのうちの2つだけしか共存できないという論理に基づいている。
ポストコロナ時代には、脱グローバリゼーションの流れが加速するでしょうか?
著者は、グローバリゼーションと脱グローバリゼーションの中間の解決策として、地域化(リージョナリズム)の実現の可能性が高いと説きますが。。。
うーーむ、この予測はいかにも中途半端ではないでしょうか?
個人的には、グローバリゼーションと脱グローバリゼーションは、さざ波のように、交互に現れては消える性質のようなもので、決して中庸化はしない気がします。
今回のパンデミックに対してグローバルガバナンスが機能しなかったことは、今回のWHOの対応を見ても明らかですが、では、WHOに取って代わるような機関があるかというと、それもまた難しいというのが実情だと思います。
こうしてグローバリゼーションのトリレンマというのは、国家という単位が存続する限り、永遠に解決できない課題として残るのではないでしょうか。
5. テクノロジーのリセット
接触確認の最も効果的な形はもちろん、テクノロジー主導の方式だ。
当然のことながら、デジタル接触確認は公衆衛生という意味でもとりわけデリケートな問題であり、プライバシーへの強い懸念を世界中で引き起こしている。
接触確認のプライバシーに関しては、日本政府は議論する次元にも達していません。
なぜならば、コロナウィルス感染対応アプリの「COCOA」という国産アプリが、実は利用者の一部に4か月余りもの間、感染者との接触が通知がされていなかったことが判明したからです。
日本の行政のデジタル化の遅れは、もはや悲惨を通り越してジョークです。
以前のブログ記事「【ワールドビジネスサテライト】グラフとチャートで振り返る令和2年の日本経済」にも書きましたが、日本の体たらくは政府だけでなく民間も同じです。
(以下抜粋します)
世界電子政府ランキング14位の日本政府は、自らその模範となるべく、デジタル庁を創設したのであれば、「
マイナンバーカードと運転免許一体化、2026年実現へ」なんて呑気なことを言ってないで、諸外国に一日も早く追い付き追い越せと、自ら陣頭指揮を執ってもらいたいものです。
世界電子政府ランキング(11月30日)
実は日本の民間企業も、政府よりもだらしない。
デジタル競争力ランキングでは、最下位の63位(企業の機敏な対応、ビッグデータの活用)と、これではGAFAに追い付けなんて言っているレベルではありませんね。
デジタル競争力ランキング(3月7日)
国内の雇用の大部分(日本のサラリーマン割合は89%)を担う民間企業がこのていたらくでは、日本国民はポストコロナ時代でも永遠に幸せになれないでしょう。
(抜粋おわり)
6. 産業のリセット
サプライチェーンについて
個々の部品のコストを重視し、重要な原材料はひとつのサプライヤーにしてサプライチェーンを最適化すべきであるという考え方。簡単に言えば、レジリエンス(回復力)よりも効率を優先するという原則にとどめを刺したのである。
パンデミック後の時代には、コストと合わせてレジリエンスと効率性の両方を含んだ「エンド・ツー・エンドでのバリュー最適化」の考えが大勢を占めることになるだろう。
これは説得力があります。
何事も効率を重視して物事を突き詰めてしまうと、不測の事態に全く対応できなくなってしまうという教訓です。
自宅で過ごす時間が増えると何が起こるか?
本文中に面白い図が掲載されていました。
自宅で過ごす時間が増えると何が起こるか
『グレート・リセット』(2011年)では、
多くのアナリストが、都市(およびその位置)の重要性はグローバル化が進むにつれて薄れてくるのではないか、と予言してきた。だが実際には、都市やメガ地域の経済面における重要性はますます増大している
と、メガ地域の重要性を説いていましたが、本著では、リモートワークの普及により商業用不動産業界が大きな打撃を被っていると指摘しています。
最終的には、どの産業もリアルとリモートのハイブリッドモデルにゆっくりと移行するだろうと、(またしても)中庸な見解を述べるにとどまっています。
この著書は、著者の社会的立場もあるせいか、どのトピックも中立な立場に終始していますね。。。
グレートリセットについての総まとめになります。
新型コロナウィルス感染症は、ひとりひとりを襲う大災害であることは間違いない。
ただしグローバルな視点で見て、世界人口における影響を受けた人数の割合から言うと、コロナ危機は(今のところ)2000年の歴史を振り返っても、致死率が最も低いパンデミックである。
黒死病(1347年~1351年)では当時、世界人口の30%から40%の人が死んだとも言われている。
コロナのパンデミックは、人間の存在を脅かす脅威もなければ、この先何十年も世界中の人々の記憶に刻まれるような衝撃に襲われることもない。
本著の執筆時点と現在では、変異株の猛威や、今後の致死率の上昇可能性という視点がないのはやむを得ないですが、当初の憶測どおり、新型コロナの影響が限定的に収まることを祈るばかりです。。。
ポストコロナの世界では、公正さが前面に出てくることは間違いない。
所得格差、環境問題、新しいテクノロジーの管理など、これは首尾一貫した主張ですね。個人的にも激しく同感です。
適切にリセットするために不可欠なのおは、国家間の協議や協力を強めることだ。
2021年の現在、国家間の協議や協力は、果たしてうまく進んでいるのでしょうか??
歴史上、国家間で協議や協力が最も進んだ時代に我々は生きているのでしょうか?
グローバリゼーションのトリレンマ理論が正しければ、国家間の協業は「絵に描いた餅」ではないでしょうか。。。
以上、『グレート・リセット』(2020年)の書評でした。
本著「グレート・リセット(2020年)は、「グレート・リセット(2011年)と比較して読むと、コロナショックの前後での解釈に違いがあり、興味深いですね。
2021年8月にはダボス国際会議で「グレート・リセット」がメインテーマとして議論される予定です。
今年のダボス国際会議は、ぜひ注目したいと思います。
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