エスペランサ・スポルディングという女性ベーシスト・シンガーをご存知でしょうか?
日本では知名度が高くないかもしれませんが、2011年のグラミー賞最優秀新人賞を受賞し、さらに、2020年には最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム賞も受賞しています。
エスペランサ・スポルディング
また、名門バークリー音楽大学に史上最年少の20歳で教員に就任したことも話題になりました。
これまでにアルバムを7枚リリースしています(アーティスト名は「エスペランサ」)。
彼女の音楽の特徴は、高度なベースの演奏スキルと、単なるジャズという既存の音楽ジャンルに当てはまらないユニークな創作性にあります。
最近Amazon Musicに加入したので、エスペランサ・スポルディングのアルバムを片っ端から聴いているのですが、いやはや、このアーティストは、もしかしたら10年に1人の逸材、不世出の天才アーティストかもしれません。
ユニバーサル ミュージックが運営するuDiscovermusicの記事「史上最高の女性ベース・プレイヤー・ベスト25」(2020)でも、堂々2位と高く評価されています。
「人は33歳までに音楽的嗜好が固まり、新しい音楽への出会いを止める傾向がある」
というのが世の通説ですが。。。エスペランサ・スポルディングの音楽にハマった私には該当しなかったようです。
以下に彼女の代表作を紹介します。
1. エスペランサ・スポルディング
私がエスペランサ・スポルディングを知ったのは、2012年秋の東京ジャズで来日したときでした(2010年の東京ジャズにも来日しています)。
その前年(2011年)には、ジャズ系のミュージシャンとして初めてグラミー賞の”Best
New
Artist”を受賞して、一躍世界の音楽シーンから注目されるアーティストになりました。
ちなみにその時は、あのジャスティン・ビーバーを差し押さえての受賞でした。
翌年2012年にリリースされたアルバム『Radio Music
Society』では、ジャズ、R&B、ヒップ・ホップ、ポップスなどの要素を独自の感性で融合したサウンドを展開して世界の音楽シーンに大きな衝撃を与えました。
その東京ジャズでの演奏「Black Gold」がこちらです。
Black Gold - Esperanza Spalding(2012年 東京ジャズ)
「Black Gold」は『Radio Music
Society』に収録されている黒人のアイデンティティを賞賛する曲で、彼女の代表作のひとつです。
東京ジャズのセッションでは、バックボーカルのクリス・ターナーが秀逸過ぎて、演奏が終わってエスペランサ本人も思わず彼に称賛を送っていますね。
Black Gold by Esperanza Spalding [OFFICIAL]
余談ですが、このPVを今観ると、米国で公民権運動化してしまった「Black Lives
Matter(BLM=黒人の命は大切だ)」よりも、黒人のアイデンティティの大切さを、音楽を通して訴えるエスペランサ・スポルディングのアプローチのほうが正しい道なのでは、と思ってしまいます。。。
2. おすすめアルバム
以下は個人的な独断に基づいたエスペランサのおすすめアルバム3枚を紹介します。
2.1 『エミリーズ・D+エヴォルーション』(2016年)
前作『Radio Music Society』から4年後に発売されたアルバムです。
以下アマゾンのレビューから引用します。
Amazonレビュー
エスペランサの4年振りの新作~ニュー・プロジェクトによる独自のポップ・ワールド全開
グラミー賞で2部門に輝いた前作とも世界観が異なるこの4年振りの新作は、自身のミドルネーム“
エミリー” を冠し、誕生日の前の晩に見た夢の中に出てきたという“
もうひとりの自分” を主人公として、人間の“ 進化(Evolution) ” と“
退化(Devolution) ”
を表現するミュージカルのようなコンセプトで誕生した。PV
も斬新なリード・トラック「グッド・ラヴァ」、先行シングルとなった「ワン」他、冒頭はお経のようにも聴こえる「エボニー・アンド・アイヴィー」、エスペランサのベース&ヴォーカルもカッコいいロックな「ファンク・ザ・フィアー」と、よりポップでロック色の強いエスペランサ・ワールドが全開。(The
Walker’s 加瀬正之)
メディア掲載レビューほか
エスペランサ流ポップ・ワールド満開!グラミーで最優秀新人賞に輝いた“現代ジャズ・シーン最高の才媛”、4年ぶりとなるアルバム。アルバムごとに綿密に構築したコンセプトによるプロジェクトで話題を集めているエスペランサだが、今回は2015年に発足したニュー・プロジェクト“エミリーズ・D+エヴォルーション”による作品。自身のミドルネームである“エミリー”を冠し、誕生日の前の晩に見た夢の中に出てきたというキャラクター(=もうひとりの自分)を主人公として、人間の“進化(Evolution)”と“退化(Devolution)”を表現するミュージカルのようなコンセプト。ふたりのバック・コーラス~ギター~ドラムス、そしてエスペランサのベース&ヴォーカルというシンプルなバンド編成で、かつてなくロック、ポップ色の強いサウンドに仕上がっている。
(C)RS
(引用おわり)
このアルバムは、例えて言えば、「ラエル」という少年がテーマのジェネシス『幻惑のブロードウェイ』のようなコンセプト・アルバムです。
個人的にはエスペランサの最高傑作だと思っています。
今まで聴いたことがないようなスタイルの音楽がギッシリ詰め込まれています。
ジャズでもなければ、ロックやポピュラーでもなく、敢えて言えば、プログレッシブ・ジャズとでも言えば良いのでしょうか?
1曲目の「Hot Lava」からすっかりヤラれます。
Good Lava
聴いたことのない不思議な曲調、しかし無茶苦茶カッコよい!
エスペランサのボーカルもスゴイのですが、実は、彼女は以前は歌うのが実はヘタだったそうです。
それを苦労してボーカルをマスターしたというのですから、驚くべき努力家と才能ですね。。。
ちなみに、この「Good
Lava」は、エスペランサが3度目の来日をした2015年秋の東京ジャズでも披露しました。
Good Lava - Esperanza Spalding(2015年 東京ジャズ)
ステージでは、エキセントリックな格好をしていて、完全に歌の主人公エミリーになり切っていますね。
こんな型破りなジャズシンガー、いやベーシスト・シンガーは他にいるでしょうか?
ベースを弾いている人ならわかると思うが、ベースの弾き語りというのは、ベース・ラインのリズムと歌のメロディのリズムが違っていたりして、ほんとうに難しい。さらにフレットレス・ベースを弾きながら歌うというのは、至難の業だといっていい。これをいとも簡単そうに、そしてベースの速弾きとポップなボーカルを同時にやってしまうのだから、やはり彼女はただものではない
だそうです。いやはや。。。
7曲目の「Rest In
Pleasure」も、エスペランサのボーカルが響き渡る個人的にお気に入りの曲です。
Rest In Pleasure
11曲目の「FUnk the
Fear」は、恐怖に打ち克って、自分を取り戻そうというメッセージ性の強い曲です。
2015年秋の東京ジャズでも披露しました。
Rest In Pleasure(2015年 東京ジャズ)
この東京ジャズのセッションは、ギターとドラムスの超絶的な駆け引きが見事で、10分を超える演奏に仕上がっています。
そのほかにも、最後に収録されている14曲目の「Unconditional Love (Alternate
Version)」は、ハード・ロックばりのギターの間奏が炸裂する凄まじい曲。。。超カッコイイ
Unconditional Love (alternate version)
これはもはやジャズでもロックでもポピュラーでもないのでは(笑)
2.2 『JUNJO』(2006年)
エスペランサによる非凡なベース演奏とスキャットを中心に、キューバ出身のピアニスト・ドラマーをフィーチャーしたデビュー作です。
以下アマゾンのレビューから引用します。
内容紹介
こんなミュージシャンを待ち望んでいたリスナーは多いのではないでしょうか。独特の雰囲気、新しい音楽性。そして端正なルックス・・・。エスペランサ・スポルディングはたんなる美人ベーシストではありません。強烈なビート、魅力的な音色、そして演奏全体をまとめあげるセンスのよさ。それらが高レベルで結びついたのが、このアルバムなのです。チック・コリアの名曲(3)はまさにピアノ・トリオの醍醐味、これにノックアウトされないファンはいないでしょう。そしてボーカルは、ノラ・ジョーンズ好きに優先的にオススメしたいソフト&テンダー・タッチ。スキャットも最高です!(jazzyellより)
(引用おわり)
「ノラ・ジョーンズ好きに優先的にオススメしたい」なんて書いてあるとおり、ここでのエスペランサは、万人受けする美人の女性アーティストの域を出ていません。
デビュー作は、実に正統派のジャズアルバムに仕上がっています(ちなみにボーカルに歌詞はありません)。
ウッドベースの心地良い響き、BGMにも最適な極上のジャズ、という感じでしょうか。。。澤野工房(ジャズCDコレクションの国内レーベル)の典型的なピアノ・トリオのようなアルバムです。
2曲目の「Lolo」をお聴きください。
Loro
これを聴く限り、その後エスペランサの音楽性が無限に拡がることになるとは想像できませんね。
2.3 『12 Little Spells』(2019年)
エスペランサが世に問う賛否両論、今世紀最大の問題作です(笑)
この作品で、エスペランサは2020年のグラミー賞「最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム賞」を受賞してしまいました。
ハッキリ言って、この作品は、全然ジャズでもなければ、ボーカル・アルバム賞を取るほどボーカルがフィーチャーされているわけでもありません。
往年のジャズファンからすれば、「何でこんな作品がグラミー賞??」と物議を醸してしまったそうです。
国内でも余程マイナーなのか、アマゾンのカスタマーレビューもたったの2件しか入っていません。
なので、HMVのレビューから引用します。
芸術と癒しの特性、音楽と身体の相互作用、また民間療法のレイキ・ヒーリングにエスペランサが関心を持ち触発されて、それぞれの楽曲は身体の各パーツをテーマに作曲されたもの。パーツ(曲)にはそれぞれ呪文がついており、いわばエスペランサによる”ヒーリングアルバム”といえる内容となっている。
(引用おわり)
レビューを読んでも、一体なんのこっちゃです。
でも、アルバムを聴くと、レビューが意味不明な理由がよくわかります。
アルバムを全曲通して聴いて一般的な反応はおそらく、「は?」、だと思います。
1曲目「Little
Spells」はミュージカル映画のオープニングのような、オーケストラをバックにしたボーカル曲。多少変調がユニークですが、まだノーマル(笑)。
2曲目「To Tide Us
Over」は出だしからボーカルとギターが奇妙な音で絡み合って、独特の雰囲気です。
To Tide Us Over
で、この先は、曲なのか、呪文なのか、それとも何か新しい音楽の形なのか、実験的なサウンドが続きます。
どれも気軽に鼻歌できる音楽とは対極にあるような、それでいて、単なる小難しいだけの表層的な音楽とも違う、滑らかさを併せ持つという感じ。
これまで世に出たどのような音楽とも違うということだけは確実。
敢えて例えると、ビョークとプリンスの楽曲スタイルを重ね合わせたような??
個人的には、15曲目のベースがゴリゴリと響く「Move
Many」が気に入っています。
Move Many
これは、エスペランサが独創性を如何なく発揮して自分の好き放題に作ったアルバムではないでしょうか?
当然、商業性は全く配慮されていません。レーベルがこのアルバムの発売を良く承認したな。。。
キャッチーなメロディはほぼ皆無、エスペランサのボーカル(繰り返しますが、このアルバムはグラミー賞「最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム賞」を受賞しています)も、歌を歌ううというより、御経を読んでいるかの如く、語りかけてくるような感じです。
これはエスペランサから人類に投げかけられた大いなる魔術(Spell)なのかもしれません。
このアルバムが正しい評価を得るのは、我々の時代ではなく、何世代も後世になるのかもしれません。
以上、エスペランサのおすすめアルバム3枚の紹介でした。
3. エスペランサの音楽性
『JUNJO』(2006年)でオーソドックスなベーシスト・シンガーとしてデビューしてから、最新作の問題作『12 Little Spells』(2019年)までほんの10年あまり。
短期間でここまで目まぐるしくスタイルが進化するアーティストって、他に思い当たりません。
エスペランサ・スポルティング
(出典:ジャズとボサノヴァの日々)
(出典:ジャズとボサノヴァの日々)
しかも、彼女の音楽性は、これまでの音楽シーンに出てきたアーティストの誰とも似ていないのです。
エスペランサ・スポルティングを、音楽性の突然変異と呼んでも大袈裟ではないのでは?
冒頭に「10年に1人の逸材」と紹介しましたが、ひょっとしたら、彼女は、それ以上で、現在に忽然と現れたウォルフガング・アマデウス・モーツァルトなのかもしれません。
今後もエスペランサの進化に注目したいと思います。
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