映画『ゴーストストーリーズ 英国幽霊奇談』(2017年)を観ました。
イギリスで成功を収めた同名の舞台劇が原作です。
「いるのか?いないのか?」
「100万人が絶叫した大ヒット舞台を完全映画化」
「人類史上最大の謎に挑む戦慄の<心霊検証>ホラー」
という日本の配給会社のキャッチコピーですが。。。どれも本作の内容を表現したものとは程遠く、残念ながら大きな誤解を生んでいるようです。
Amazonのカスタマーレビューを見ると、あまりの評価の低さ(と怒りの投稿の数々)に驚いてしまいました。
この映画は、本当は、単なる絶叫系「ホラー映画」ではなく、緻密に計算された夢と恐怖が交錯する心理作品なのです。
出典:映画.com
以下に、映画『ゴーストストーリーズ 英国幽霊奇談』に関連するトピックを書き記します [注意:ネタバレ満載の内容です]
1. 映画『ゴーストストーリーズ 英国幽霊奇談』
あらすじ(Wikiより引用):
イギリス各地でニセ超能力者やニセ霊能者たちの数々のウソを暴いてきたオカルト否定派の心理学者フィリップ・グッドマン教授は、憧れのベテラン学者・キャメロン博士から3つの超常現象の調査依頼を受ける。
キャメロン博士が「自分ではどうしても見破れない」というトリックを暴くため、初老の警備員、家族関係に問題を抱える青年、妻が出産を控えた地方の名士と、3人の超常現象体験者に話を聞く旅に出たグッドマンを待っていたのは、オカルト否定派でも受け入れざるを得ない怪奇現象と想像を絶する数々の恐怖だった。。。
予告編
監督:アンディ・ナイマン/ジェレミー・ダイソン
出演:アンディ・ナイマン、ポール・ホワイトハウス、アレックス・ロウザー、マーティン・フリーマンほか
Amazonのレビューは2.5とかなり低い評価です。特に星1つが多い。。。
以下にいくつかの批判的レビューコメントを転記します。
★☆☆☆☆(5つ星のうち1.0) いちばん嫌いな種類の映画
2020年2月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
冒頭から見ていてなんとなく気付いてきたのですが、最後の方には確信に変わりました
これは観るだけ時間の無駄になる作品だと
最後のオチを見ている間はもう今までの時間返してとしか思えませんでした
同じような映画は何本も観てきてるし、本当に観る価値の無い作品だと自分は感じます
(11人のお客様がこれが役に立ったと考えています)
★☆☆☆☆(5つ星のうち1.0) 何なの? この面倒くさい内容...
2020年2月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
心霊などを信じていない私が何故に観てしまったのか?
何に期待をして観たのか?
映画は... 心霊なんてモノじゃなく、精神的な病気?
自殺とかイジメとか観ていてイヤな気分になっちゃったよ。
黄色い服の女の子とか人形とかも、いったい何なのさ!?
もっと解りやすい内容にしてもらわないとね...。
全部理解しています...的なレビューを書いている人が
けっこういる事に驚いちゃったじゃないのさ...。
私? 理解なんて到底無理です! フンッ!!
(7人のお客様がこれが役に立ったと考えています)
★☆☆☆☆(5つ星のうち1.0) こういう手法で怖さを与えるしかないなんて
2020年2月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
必死に「見る者に恐怖感を与える」、それはいい。でも、終盤のイジメっ子の登場には嫌気が指した。何故って? 最初に恐怖感を与えておいて、次に虐めを見せて見る者の嫌悪感を引き出す。 その嫌悪感が最初に与えておいた恐怖感を増幅させる効果を持つ。 そんな手を使ってしか見る者に恐怖感を与えられないなんて・・
もう少し、日本ホラー映画でも見て勉強しろよ、と本作の監督に言いたくなった。
(8人のお客様がこれが役に立ったと考えています)
★☆☆☆☆(5つ星のうち1.0) 我慢して最後まで見たけど、何もなかった。
2020年2月10日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
作り手の勉強不足、モキュメンタリータッチの作品を良しとして、かってのハマーフィルムタッチを古臭いから悪とする感じで、超ツマラナイ想像力ゼロ作品。終わりのスタッフロールの長さに本当か?と思った。
(4人のお客様がこれが役に立ったと考えています)
などなど。。。散々の批判的レビューのオンパレード。
これは投稿者の方々のリテラシーの低さが原因というより、日本の配給会社の不適切な宣伝(釣り文句)のせいで、期待した内容と作品のミスマッチが原因ではないでしょうか?
遊園地で「お化け屋敷」という案内板に従って入ってみたら、内部は謎解きの迷路だったみたいな。。。
対照的に、海外では概ね高い評価のようです。
(以下Wikiより引用)
映画評蓄積サイト・Rotten
Tomatoesには94件のレビューが寄せられ、支持率は82%の「新鮮な」映画、平均得点は10点満点中7.2点となっている。
クリティクス・コンセンサスでは、「よくできた、熟練の語り口のホラー・アンソロジーで、このジャンルの比喩を器用に使いこなし、少しばかりひどく恐ろしい急進展を加えた」とされた。
Metacriticでは、27件のレビューに基づき100点満点中68点が付けられ、「概ね好意的な評価」("generally
favorable reviews") を受けた。
(引用おわり)
Amazon.com(米国)のレビューでは、4.0とかなり高い評価(レビューの50%が星5つ)。
この国内外の評価の差は一体どういうことか?
日本での低評価の原因が、もし配給会社の不適切な宣伝だとしたら非常に残念ですね。。。
2. 映画の特徴
本作品をカテゴリー分類すると、「サイコホラー」ではないかと思います。
薄気味悪いシーンもたくさん出てきますが、決して、「100万人が絶叫した」という宣伝文句の絶叫系ホラー映画ではありません。
そこを誤解して観てしまうと、前述のような怒りの投稿になってしまうのです。
映画のテーマが、主人公が見ている夢。。。という点は、あのデヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』と似ています。
配給会社の予告編にも、「デヴィッド・リンチ的悪夢」- IndieWire -
というテロップが挿入されています。
一度観たのでは理解できない部分が多く、何度も観直てみると、新しい発見があるという点も、デヴィッド・リンチ監督の作品に通じるものがあります。
3. 見どころ
まず、映画の楽しみ方の一般論ですが、最近のメディアの潮流として「わかりやすい」ことがあまりに重視され過ぎています。
詳しくは「映画やドラマを観て「わかんなかった」という感想が増えた理由」という記事にあるように、観ている人の思考がそこで止まってしまい、観客が幼稚になってきている傾向があります。
私は、映画の楽しさというのは、人それぞれで、異なる解釈であっても全く構わないのではと思います。
同じ芸術鑑賞の、絵画と共通する点です。
ゴッホやピカソの絵画に、わかりやすさもなければ、単一の解釈なんてないですよね。。
その点において、ゴースト(幽霊)は「いるのか?いないのか?」という2択論など、どうでも良いことだと思うのです。
前述した日本での低評価の原因が、配給会社の宣伝とは無関係に、単なるAmazon投稿者の映画リテラシーの低さ、つまり幼稚化ではないかと勘繰りたくなります。
以下はストーリーに沿っての感想です。。。
まず、映画の冒頭で流れる古ぼけた8mmフィルムのホームムービーから、主人公の心理学者フィリップ・グッドマン教授は、厳格なユダヤ教を信仰する父親の家庭で育ったことが伺えます。
フィリップ・グッドマン教授
姉の恋愛結婚を破談に追い詰めた(と思われる)父親の教育方針のせいで、(適齢期を過ぎているように見える)グッドマン教授が現在も独身の身であることが何となく推測できます。
ちなみに、映画では、9つのランダムと思える数字が繰り返し登場します。
それは、壁のいたずら書きであったり、ドアの番号であったり、掲示板であったり。。。そしてそれはラストシーンの近くでトンネルの壁に書かれたナンバーであったことがわかります。
数字ということでは、午前3時45分という時刻も、繰り返し登場します。
話を戻すと。。。
グッドマン教授がたびたび引用するのが、
「人間の脳は見たいように物を見る」
というセリフです。
つまり、幽霊や、超常現象というのは、本来存在しないものであるにも関わらず、その人が見たいと強く感じることで、本当は似て異なるものを、脳が間違って認識してしまうということです。
これは、さまざまな実験を通して、心理学では証明されている人間の脳の特徴です。
人間の思い込みについては、以前のブログでも書きました。
グッドマン教授が、キャメロン博士の隠居しているトレーラーハウスを訪ねるシーンでは、部屋の奥に人影らしき姿がおぼろげに見えています。
しかし、この影も、「たまたま」人影に見えるだけであって、他愛のないものの影なのかもしれません。
観客は、映画『ゴーストストーリーズ』を見ているので、どこかで幽霊が現れることを期待しているから、「観客の脳は、見たいように物を見る」結果として、人影と認識しているのかもしれません。
また、グッドマン教授が、2つ目のケースの超常現象を調査するところで、森のなかで奇妙な土の塊のようなものに出くわします。
人間の顔(左が頭頂部で、上を向いている)のように見えます。
薄暗い森のなかで、薄気味悪い雰囲気でこんな塊に出くわしたら、脳はどう理解するでしょか?
その塊を前にしてグッドマン教授は、ボイスメモに「観客の脳は、見たいように物を見る」と録音します。
その塊の正体は、倒木の根の部分が剥き出しになったものでした。
「同じ物事でも、見る角度によって全く違うものに見えてしまう」
これもこの映画のもうひとつのテーマですね。。。
グッドマン教授が、砂浜のベンチで佇んでいるときに、風に吹かれてレジ袋が足元にまとわりつくシーンがあります。
何の変哲もないシーンですが、後半のトンネルのシーンでは、このレジ袋が何気なく再登場します。
このような、シーンの前後で綿密に繋がっているものはたくさん出てきます。
ちなみに、デヴィッド・リンチ監督の作品より、遥かにヒントが多くてわかりやすいです(笑)。
夜間警備員のマシューズが、元精神病棟の地下室を巡視に行くシーンでは、通路の片隅に鳥の死骸が落ちているんですね。
しかし、そのすぐ後のシーンでは、同じ場所に落ちていたはずの鳥の死骸がなくなっているのが、良く画面を見ていると気が付きます。
このシーンだけで、深夜3時35分の元精神病棟に、いるはずのない誰かが、間違いなく潜んでいるという恐怖が伝わってきます。
絶叫系ホラー映画の、突然の効果音とともに「ばあっ!!」ではありません(笑)
。。。で、少女が鳥の死骸を掴んでいるこのシーンに(笑)
マシューズの話を聞いたあとに、グッドマン教授が何かの施設のようなところで、眼を開けただけで動かず何も喋らない老人と向き合っているシーンに切り替わります。
相手は一体誰でしょうか?
何のセリフもないのですが、老人の頭にキッパ(ユダヤ教の信者がかぶる)が乗っているので、相手はマシューズの父親で、「閉じ込め症候群」を患っていることを示唆しています。
このシーンは非常に重要で、のちにグッドマン教授自身が「閉じ込め症候群」であることが判明すると、合点がいきます。
つまり、「閉じ込め症候群」というのは、本人にとっては生き地獄、悪夢そのものに他ならないのですが、外の世界の人にとっては、(たとえ肉親であっても)単なる相手をしても仕方のない見捨てられた存在なのだ、ということです。
この映画は、まさに、その「閉じ込め症候群」の夢と恐怖を描いているのだと思います。
グッドマン教授が、再びキャメロン博士のトレーラーハウスを訪れて、そこでキャメロン博士が顔のマスクを脱ぐシーンは、トム・クルーズの『ミッションインポッシブル』や、アンソニー・ホプキンスの『ハンニバル』などですでにお馴染みですね(笑)
ところが、その直後に、レースのカーテン(であるはずの)壁をビリビリと破いて、その先の空間が現れるシーンで、はじめてこの場面が現実ではないことが判明します。
レースのカーテンを人差し指でビリビリと。。。
実は、この映画は最初から最後まで、すべて現実に起きたことではなく、グッドマン教授自身の頭のなかで描かれた「悪夢」でした。
それは、グッドマン教授が、自殺未遂を図った結果、閉じ込め症候群となり、病院の一室のベッドの上で、眼を見開いた状態のまま、自分ではどうすることもできない精神の監獄に閉じ込められてしまった、恐るべき「悪夢」なのです。
グッドマン教授が少年時代に、キャラハンという自閉症の同級生がいじめに逢っているのを知らぬ顔をして、死に至らしてしまったことが後悔の念として苦しんでいたことは容易に想像できます。
ラストシーンでは、そのキャラハンに泣きながら嘆願するも、無理矢理手をひかれて、病室のベッドの上に縛り付けられてしまいます。
そのときのグッドマン教授の絶望的な抵抗は、この映画のポイントがわかってしまうと、涙なしには正視することができません。。。
世の中で存在自体を無視されている人々、精神的な苦しみを抱えた人々の苦悩、恐怖、絶望。。。
これこそが、超常現象としての幽霊の実態ではないか?
存在していないものは、目には見えない、いや、見ようとしない。
この映画で監督が描きたかったのは、そんな恐怖ではないかと思います。
自ら命を絶つことさえできず、身体の寿命が訪れるまでは延々とそのような悪夢のなかに閉じ込められているグッドマン教授。
世の中にこれ以上の恐怖があるでしょうか??
外界への意思表示が一切できず、眼を閉じることさえできない、もちろん自殺を選択することもできない。肉体が死を迎えるまでの永遠とも思える時間を、何もせずに過ごさなければならない。。。
閉じ込め症候群の患者の精神状態とは一体どのような壮絶なものなのか。。。信仰を持つことができるのか。。。
「閉じ込め症候群患者とのコミュニケーションに成功」という記事によると、患者は過酷を極める状況であっても「自分は幸せであり、生きていてうれしい」と答えたそうです。
何もかも恵まれた環境の私たち健常者は、いろいろな不満を抱えて生活しているのに、このような患者の状況をどう捉えたらよいのか??
いやはや。。。この映画は、なかなかの傑作だと思います。
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