[対立を超えるための道徳心理学]『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(ジョナサン・ハイト)より

  
ジョナサン・ハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(2014年)を読みました。


アメリカの社会心理学者ジョナサン・ハイトが、哲学、社会学、人類学、進化理論などの知見を駆使して新たな道徳の心理学を提唱、左派と右派の対立が激化する構図を明解に解説した全米ベストセラー書籍です。

内容は、政治の世界での左派と右派の対立に留まらず、そもそも道徳とは何かという本質に立ち返り、宗教や人類の歴史まで包括して議論が展開されており、読み応え十分でした。

以下に所感をまとめました。

0. 社会はなぜ左と右にわかれるのか

『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(2014年)は、従来の理性一辺倒の道徳観を否定し、感情の持つ強さに着目。自身の構築した「道徳基盤理論」で新たな道徳心理学を提唱する一般書です。


ジョナサン・ハイト(1963年生まれの社会心理学者)は、2012年には米国Foreign Policy 誌の100 Top Global Thinkers 2012入りを果たし、翌年には英国Prospect 誌でWorld Thinkers 2013に選ばれています。

ジョナサン・ハイト(出典:wiki)

以下はAmazonの紹介文の引用です。

リベラルはなぜ勝てないのか?

皆が「自分は正しい」と思っているかぎり、左派と右派は折り合えない。
アメリカの政治的分断状況の根にある人間の道徳心を、進化理論や哲学、社会学、人類学などの知見から多角的に検証し、豊富な具体例を用いてわかりやすく解説した、全米ベストセラー!

「人間性の理解に大きく貢献する重要な一作だ」
――『ニューヨークタイムズ・ブックレビュー』

「現役の心理学者のなかでもっとも賢く創造的な一人、ジョナサン・ハイトのこの力作は、現代のきわめて重要な問題の解明を試みる、輝かしく、勇敢で雄弁な書だ」
――ポール・ブルーム(イェール大学教授・認知心理学)

「道徳の心理学的な起源と、それが政治的な対立の激化に果たしてきた役割について深くメスを入れる本書は、この無益な争いの緩和に必ずや役立つはずだ。これは過大な期待ではない」
――リチャード・E. ニスベット(ミシガン大学教授・社会心理学)

(引用おわり)

Amazonのカスタマーレビューでは、4.5/5.0と高い評価を得ています。


500ぺージを超える大作ですが、訳者があとがきで記しているように、全体的な流れはスムースで、とても読みやすかったです。

●第1部 まず直観、それから戦略的な思考
――心は〈乗り手〉と〈象〉に分かれる。〈乗り手〉の仕事は〈象〉に仕えることだ
第1章 道徳の起源
第2章 理性の尻尾を振る直観的な犬
第3章 〈象〉の支配
第4章 私に清き一票を

●第2部 道徳は危害と公正だけではない
――〈正義心〉は、六種類の味覚センサーをもつ舌だ
第5章 奇妙(WEIRD)な道徳を超えて
第6章 〈正義心〉の味覚受容器
第7章 政治の道徳的基盤
第8章 保守主義者の優位

●第3部 道徳は人々を結びつけると同時に盲目にする
――私たちの90%はチンパンジーで、10%はミツバチだ
第9章 私たちはなぜ集団を志向するのか?
第10章 ミツバチスイッチ
第11章 宗教はチームスポーツだ
第12章 もっと建設的な議論ができないものか?

以下に内容を簡単に紹介します(以下太字は本文より引用)。

1. 第1部 まず直観、それから戦略的な思考

本著の最大のポイントがいきなり出てきます。

「心は乗り手(理性)と象(直感)に分かれる」

プラトンやカントに代表される理性主義(情熱は理性の召使いという考え方)は、西洋哲学を何千年にもわたって正しいものと見なされてきましたが、著者はそれは間違いであると主張します。

理性は情熱の召使いたるべきだ、というヒュームの主張が正しいと。

この直観が理性を上回るという考え方は、行動経済学ではプロスペクト理論として知られていますね。

プロスペクト理論については、ヤフオクで高値で売るために役立つ行動経済学という切り口で、以前の投稿で紹介しました。

次にダーウィンの進化論が登場。

プラトンもカントも、ジェファーソン(理性と感情は共同支配者だと主張した)も、人間の心の仕組みを理解しようとした哲学者ですが、ダーウィンの進化論を前提にしていなかった点で欠如があったと著者は指摘します。

道徳は、生存競争と適者生存によって進化したものだと考え、「自然選択によって、道徳的な情動をあらかじめ備えた心が人間に与えられた」というのです。

ダーウィンの進化論の話は後半で詳しく出てきます。。。

著者は、ジェファーソンの二重プロセスモデル(理性と感情、もしくは直観と思考が対等)を修正して

「直観は道徳的な判断の主要な源泉であり、一般に思考は、あとから理由付けを行うために道徳的な判断に続いて起こる」

という社会的直観モデルを示します。


誰かの考えを変えたいのなら、その人の<象>に語りかけなければならない。

直感に反することを信じさせようとしても、その人は全力でそれを回避しようとするだろう。

日常生活で良く言われる、「理詰めで相手を説得しようとしてもムダ」というのと同じです。

この指摘は当たり前に思われるかもしれないが、実際にそれを道徳や政治の議論で実践しようとする人はあまりいない。というのも、私たちの<正義心>は、いとも簡単に戦闘モードに入ってしまうからだ。

鋭い指摘ですね。。。

著者はここで、自身の面白いエピソード(食べ終わった皿を置かないで云々という妻の苦言)を紹介しています。

「人は特に意識せずに、直観によって感じたことの正当化を行う」

妻の苦言の指摘に反対する(直観)
苦言の内容がわかった瞬間に、私の内なる弁護士は言い訳を探し始めていた(戦略的な思考)
間髪を入れずに説得的なうそをついたので、自分も妻もそれを信じてしまった

というエピソードです。

他人の欠点を見つけるのはたやすいが、自分の欠点に気付くのはむずかしい。人は、いともたやすく他人の欠点を示すことができるが、悪賢いギャンブラーが細工したサイコロを隠しておくように、自分の欠点をひた隠しにする(ブッダ)。

では、象はいつ理性の話を聞くのでしょうか?

著者によれば、それは、相手に愛情や敬意を抱いていれば、<象>はその人に向かって歩み寄り始め、<乗り手>は相手の主張に真理を見だそうと努めるだろう、と書いています。

では、なぜ人間は、真実を見出すよりも、そのような<象>(直観)を優先するように進化したのでしょうか?

それは、直観が思考を優先するという戦略のほうが、「人々は、現実よりも見かけや評判に、より大きな注意を払う」という原則の生存競争を生き抜くために有利に働いたからです。

著者の意見に説得力があるのは、ダーウィンの進化論を拠り所にして展開しているからです。

倫理的な社会を築くためのもっとも重要な原理は「あらゆる人々の評判がつねに皆の耳に入るようにし、不正な行動が常に悪い結果を生むようにすること」(グラウコン)

辛辣ですが、おそらくこの著者の見解は正しいのでしょう。

哲学の世界で何千年も支持されてきた「理性崇拝」は、実は妄想でしかなかったというわけですね。。。

2. 第2部 道徳は危害と公正だけではない

心理学におけるほぼすべての調査は、全人類のうち極めて狭い範囲の人々、すなわちWIREDを対象にしているに過ぎない。

WEIRD = Western, Educated, Industrialized, Rich, Democratic

WEIRDであればあるほど、世界を関係の網の目ではなく、個々の物の集まりとして見るようになる

これは心理学だけでなく、経済学や経営学でも同じ傾向が見られます。欧米人は、物事を分解(解剖)することには長けているのですが、全体で初めて意味のあるもの(例;生きた魚)として捉えるのは東洋の思想に多く見られます。

次に、本著のもうひとつの大きなポイントである「味覚受容器」の話が出てきます。

舌の表面には、甘未、酸味、塩味、苦味、うま味の5つの味覚受容器(味蕾)が備わっており、味の好みもその組み合わせですが、道徳もさまざまな面で味覚に似ています。

道徳を味覚のようなメタファーとして、5つの基盤を持つと考えると理解しやすい。

5つの道徳基盤(以下Amazonのカスタマーレビューから引用)

1.〈ケア/危害〉
「自ら身を守る方法を持たない子供をケアすべし」という適応課題に対応する過程で進化。それは他者が示す苦痛や必要性の兆候に容易に気付けるよう、また、残虐行為を非難し、苦痛を感じている人をケアするよう私たちを導く。

2.〈公正/欺瞞〉
「他人につけこまれない様にしつつ協力関係を結ぶべし」という適応課題に対応する過程で進化。それは、協力関係を結ぶのにふさわしい人物を容易に見分けられるようにする。また、人を欺くペテン師を避けたい、あるいは罰したいと思わせる。

3.〈忠誠/背信〉
「連合体を形成し維持すべし」という適応課題に対応する過程で進化。それは、チームプレイヤーを見分ける際に役立つ。そしてチームプレイヤーには信用と報酬を与え、自分や自グループを裏切る物を、傷つけ、追放し、ときには殺すよう私たちを仕向ける事がある。

4.〈権威/転覆〉
「階層的な社会のなかで有利な協力関係を形成すべし」という適応課題に対応する過程で進化。それは、階級や地位に対して、あるいは人々が分相応にふるまっているかどうかについて、私たちを敏感にする。

5.〈神聖/堕落〉
最初は「雑食動物のジレンマ」の適応課題に対応する過程で、そしてさらに、病原菌や寄生虫に汚染された環境で生きていかねばならないという、より広範な問題に対処する過程で進化。それには、象徴的な物や脅威に警戒を抱かせる行動免疫システムも含まれる。それはまた、ポジティブであれネガティブであれ、グループの結束を強化するのに必要な、非合理的で神聖な価値を有する何かに人々の労力を投資させるものでもある。

5つの道徳基盤には、それぞれ、オリジナル・トリガー(これらのモジュールが検出される社会的パターンの種類)と、カレント・トリガー(現代の欧米社会で該当モジュールのスイッチを入れる対象)があります。

5つの道徳基盤

進化の観点からは、オリジナル・トリガーだけあれば良いのですが、現代の世界では、より範囲の広い直接利害の発生しないカレント・トリガーにも道徳は影響してきます。

カレント・トリガーは、「経験に先立って組織化されたもの」として進化論に結び付けて文化や環境によって変化するものと定義されます。

そして、いよいよ本著の本題である

「左派の道徳は、1種類か2種類の受容器を活性化させるだけなのに対して、右派の道徳は、5つの道徳基盤すべての受容器に訴えるので、保守主義の政治家は有権者に訴えるより多くの手段を持っている」

という研究結果に至ります。

以下のグラフは、人々が5つの道徳基盤のそれぞれにどの程度依拠しているかを測定した結果です。


グラフで明らかなように、<ケア><公正>は、リベラルでも保守主義でも政治的立場に関わらず高い位置を占めています。

一方、<忠誠><権威><神聖>の3つの道徳基盤については、リベラルはこれらの重要性をほぼ無視しています。

「非常に保守的」な被験者では、5つの道徳基盤が同じレベルで重要と捉えられているのとは対照的ですね。

さらに精度を上げて13万人の被験者を対象に実施した結果を見ても、最初の実験の傾向と同じ結果が得られています。


著者のグループはさらに研究を重ねて、6番目の道徳基盤としてリベラルに特徴的な<自由/抑圧>を導入します。

6.〈自由/抑圧〉
機会さえあれば他人を支配し、脅し、抑制しようとする個体と共に、小集団を形成して生きていかねばならないという適応課題に対応するために進化。「リアクタンス」とも呼ばれる義憤は、アルファメイルの示す、他の個体を支配しようとするあらゆる攻撃的な行動によって引き起こされる。

3. 第3部 道徳は人々を結びつけると同時に盲目にする

以下は第1部から第2部までのまとめです。

私たちは、できるものなら、うそをつき、ごまかし、倫理を軽視しようとする。しかるのちに、自分の評判を気にして道徳的な態度を装い、自己を正当化するのだ。さらに言えば、後付けの理由を自らが固く信じ込んでしまうために、自分には美徳が備わっていると独善的に考える。

これは、第1部で触れられたダーウィンの自然選択すなわち「遺伝子は利己的である」という戦略的な利他主義に基づいています。

「遺伝子は利己的である」の出典は、リチャード・ドーキンスのベストセラー科学書『利己的な遺伝』です。


私も20年近く前(2004年5月)に読んで衝撃を受けたので良く覚えています。

しかし、「人間の本質は利己的である」にも関わらず、時には集団を指向するのも事実です。

うまく団結し、協力体制を作った集団が、それに失敗した集団に打ち勝ったからという「集団選択」という概念は、長い間科学の世界からは否定されてきましたが、著者はその正当性を主張しています。

集団選択はダーウィンの著書『人間の進化と性淘汰』でも言及されています。

ダーウィンは、集団選択の大きな障壁としてフリーライダー問題を挙げています。

勇敢な軍隊が勝利を収めるのは確かだとしても、そのなかで戦闘に生き残り、故郷に帰り、父親になる可能性が最も高いのは、危険を冒そうとしない少数の臆病者ではないだろうか?

この問題提起に対する答えは、人間がチームプレイヤーからなる集団が形成されるに至った進化の道筋が、いくつかの社会的な変化のステップを経て形成されたと説明されます。

最終的に、私たちの道徳的な感覚や良心は、高度に複雑化した感情の形態をとる。社会的直観に端を発し、主に他の人々の称賛によって導かれ、理性、利己心、そしてやがては深い宗教感情に支配され、教育や習慣によって確固たるものになる(ダーウィン)

著者はここで、生命の進化の様相を、ボートレースのアナロジーを用いて説明します。

単細胞から多細胞に進化すると、精子や卵細胞を通じて組織全体が繁殖するときにのみ、各細胞も増殖可能となります。

本題から少しずれまずが、私は常日頃から遺伝子の進化というのは一体どの世代のタイミングで発生するのか疑問に感じていました。つまり、10代のときに授かった子供に渡す遺伝子と、(身体能力や思考能力で優れた)20代あるいは30代のときに授かった子供に渡す遺伝子に違いはあるのか?

ChatGPTに聞いてみたところ、興味深い回答が返ってきました。


成人期間中には遺伝子が変化をすることはないが、一部の遺伝子の発現や修正が起こる可能性はあるとのことでした。

ということは。。。ある年齢に達したときに、悪人が改心して善良になったとしても、あるいは、怠惰な生活を改めて勤勉な生活に変わったとしても、子孫に残す遺伝子的には何も変わらないということですね。。。

仏教の世界では、現生での経験が遺伝子情報に新たに付加されることによって、後世に遺産として残すことができるという考えがありますが、果たしてどうなんでしょうか。。。?

本題に戻ります。

生物学者のジョン・メイナード=スミスによると、フリーライダーが抑制されて多数の個体がチームとして協力し合い、結束力の高い超個体を優先するようになった「主要な移行」が、過去40億年で8件発生したとのことです。

スズメバチの1種が、卵を産む女王バチと、働きバチに分化したのがそのひとつです。

ボートレースの例えでは、これは、全く新しい乗り物(エンジン装備)のようなもので、生存競争上で、従来の相手を打ち負かすようになるわけです。

人類の進化でいうと、約60~70万年前の原人が、文化の蓄積、チームワーク、そして役割分担という3つの条件を備えたのが大きな移行点だったと考えられています(そのおかげでネアンデルタール人との生存競争に勝つことができた)。

人間の本性の90%はチンパンジー(利己主義)で、10%はミツバチ(集団志向)である。

人間は(経済学者がモデルの前提としている)私利私欲のみで行動するホモ・エコノミクスではない。

このミツバチスイッチ(hive switch)がオンになるのは、集団的な情動が働くシーン、たとえば熱狂的な宗教の儀式・踊りや、大自然に対して畏敬の念を覚える瞬間、レイブ(ロックコンサートなどの集団的熱狂)、さらには合唱、政治集会、瞑想といった集団の体験です。

ここで重要なのは、集団志向は、あくまでグループ間の健全な競争を促すという効果のために有益であり、国家レベルでの単一の共同体まで拡大され、独裁者によって率いられるような世界では生存競争的に有益ではなくなるという点です。

事実、アメリカの建国の父たちは、競い合う複数のグループや党の設立を、圧政を防ぐための一つの方法と見なしていた。

ここから宗教=チームスポーツという議論が展開されていきます。

結論を先に提示してしまうと、

宗教における儀式の実践こそは、人類が直面するもっとも困難な課題の一つを、つまり親族関係なくしていかに協力が可能かという問題を解決してくれる

のです。

ジョン・レノンの有名な『イマジン』では、国家もなく、宗教もなく、全世界が分け隔てなく同じ世界を共有するユートピアを歌っていますが、著者はこれを妄想とバッサリと斬り捨てます。

宗教という外骨格を欠いた社会を擁護する人々は、数世代が経過するうちにその社会が手にできる資源の量が先細りしていくことをよく考えるべきである。

最終章になって著者はようやく、道徳の定義を提示しています。

道徳システムとは、一連の価値観、美徳、規範、アイデンティティ、精度、テクノロジー、そして進化のプロセスを通して獲得された心理的なメカニズムが連動し、利己主義を抑制、もしくは統制して、協力的な社会の構築を可能にするものである。

今までの内容(乗り手と象、6つの道徳基盤、ダーウィンの進化論、利己的な遺伝子、90%チンパンジー10%ミツバチ)をすべて包含した結論ですね。

最終章(第12章、もっと建設的な議論ができないか?)では、リベラルと保守主義という政治の2極化に対しての提言が示されます。

以下は、アメリカの政党を、左派と右派の2極だけでなく、右派を社会保守主義者(宗教右派など)と、リバタリアン(社会的にはリベラルで、経済面では保守派)という2つのグループに分けてマトリクス分析しています。

左派(リベラル)

右派(リバタリアン)

右派(保守主義者)

6つの道徳基盤をバランス良く網羅している右派が、幅広い国民の支持を得やすいという現状を反映しています。

最後に著者は、よりよい政治のためには、マニ教のような絶対悪と絶対善の戦いなどではなく、古代中国の陰と陽の考え方のように、建設的な関係を築くべきだと提言しています。

欧米のスタンダードを超えて、東洋の思想に汲み入る広い視点だと思います。

道徳は人びとを結び付けるのと同時に盲目にする。

それは、自陣営があらゆる戦いに勝利することを世界の運命がかかっているかのごとく争うイデオロギー集団に、私たちを結び付けてしまう。

自分たちとは異なる道徳マトリクス(6つの道徳基の組み合わせで構成されている)のもとで生きている人々と理解し合うことを、不可能とは言わずとも極めて困難にしている。

これはまさに現在の米と中国・ロシアの国際政治の対立を象徴しているような状況ですね。。。

4. 所感

右派と左派のイデオロギーの違いについて徹底的かつ明確に解説されており、共和党と民主党に国民が分断されている米国の実情を根底から理解するのに大きな助けとなりました。

また、道徳とは何か?どのように進化してきたのか?という題目に対して、徹底的なリサー氏と実験を繰り返して結論に至る著者の姿勢は素晴らしいものがあります。

心理学の本の多くが、根拠の薄い個人的な見解にのみ主眼を置くなかで、このような専門書をアナロジーを駆使して一般の読者向けにわかりやすく解説したものとしては特筆すべきではないでしょうか。

『錯覚の科学』『嫌われる勇気』など、最近は心理学に興味が湧いて、関連本を読んでいますが、本著は題名『社会はなぜ左と右にわかれるのか』の範疇を超えた、壮大な心理学一般書として強くオススメします。



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