[人類に繁栄をもたらした啓蒙主義の理念]『21世紀の啓蒙(上)』(スティーブン・ピンカー)

スティーブン・ピンカーの『21世紀の啓蒙(上/下)』(2019年)を読みました。



昨年上下巻(合計1300ページ)を完読した『暴力の人類史』に続き、スティーブン・ピンカーの大作を読破。


『21世紀の啓蒙』は、上巻(464ページ)は昨年末に完読し、下巻(509ページ)も今年の4月に完読したのですが、膨大な内容に圧倒されてブログにまとめるのをずっとサボっていました 笑


以下に上巻の所感を順次まとめました。

0. スティーブン・ピンカー

『21世紀の啓蒙』の著者スティーブン・ピンカーは1954年生まれの米国の認知心理学者です(以下はwikiより引用)。

スティーブン・ピンカー(出典:Gettyimages)

専門分野は視覚的認知能力と子供の言語能力の発達である。ノーム・チョムスキーの生成文法の影響を受け、脳機能としての言語能力や、言語獲得の問題について研究し著作を発表している。言語が自然選択によって形作られた「本能」あるいは生物学的適応であるという概念を大衆化したことでよく知られている。この点では言語能力が他の適応の副産物であると考えるチョムスキーやその他の人々と対立する。

The Language Instinct (1994年、邦訳『言語を生みだす本能』)、How the Mind Works (1997年、邦訳『心の仕組み』)、Words and Rules (2000年)、The Blank Slate (2002年、邦訳『人間の本性を考える』)、The Stuff of Thought (2007)は数多くの賞を受賞し、いずれもベストセラーになった。特に『心の仕組み』と『人間の本性を考える』はピューリツァー賞の最終候補になった。また、2004年には米タイム誌の「最も影響力のある100人」に選ばれた。2005年にはプロスペクト誌、フォーリンポリシー誌で「知識人トップ100人」のうち一人に選ばれた。

(引用おわり)

スティーブン・ピンカーの代表作のひとつである『暴力の人類史』は、以下のブログにまとめました。


また、NHKのドキュメンタリー番組『暴力の人類史』についても以下にまとめました。

今回読了した『21世紀の啓蒙』と、以前読了した『暴力の人類史』の内容は、重なる部分も多いのですが、テーマや焦点が異なります。

『暴力の人類史』 (原題: The Better Angels of Our Nature) は、人類の歴史における暴力の減少をテーマにしており、暴力が減少している理由やそれに寄与する要因について詳しく説明しています。
ピンカーは、統計データや歴史的事例を用いて、戦争や犯罪、虐待などの暴力行為が長期的に減少していると論じます。


『21世紀の啓蒙』 (原題: Enlightenment Now) は、啓蒙主義の価値観、特に理性、科学、ヒューマニズム、進歩を基盤にした現代社会の発展について焦点を当てています。
ピンカーは、これらの価値観がどのようにして人類の生活水準を向上させ、全体的な幸福を増進させたかを論じます。


『21世紀の啓蒙』では、ピンカーが『暴力の人類史』で述べた暴力の減少に関するテーマも触れられていますが、それは全体の中の一部分に過ぎません。『21世紀の啓蒙』は、より広範な社会的・科学的進歩の観点から、現代世界を理解しようとするものです。

Amazonのカスタマーレビューでは、4.4/5.0と高い評価を得ています。


[上巻]
第一部 啓蒙主義とは何か
 第一章 啓蒙のモットー「知る勇気をもて」
 第二章 人間を理解する鍵「エントロピー」「進化」「情報」
 第三章 西洋を二分する反啓蒙主義

第二部 進歩
 第四章 世にはびこる進歩恐怖症
 第五章 寿命は大きく延びている
 第六章 健康の改善と医学の進歩
 第七章 人口が増えても食糧事情は改善
 第八章 富が増大し貧困は減少した
 第九章 不平等は本当の問題ではない
 第一〇章 環境問題は解決できる問題だ
 第一一章 世界はさらに平和になった
 第一二章 世界はいかにして安全になったか
 第一三章 テロリズムへの過剰反応
 第一四章 民主化を進歩といえる理由
 第一五章 偏見・差別の減少と平等の権利

[下巻]
 第一六章 知識を得て人間は賢くなっている
 第一七章 生活の質と選択の自由
 第一八章 幸福感が豊かさに比例しない理由
 第一九章 存亡に関わる脅威を考える
 第二〇章 進歩は続くと期待できる

第三部 理性、科学、ヒューマニズム
 第二一章 理性を失わずに議論する方法
 第二二章 科学軽視の横行
 第二三章 ヒューマニズムを改めて擁護する

以下に内容を簡単に紹介します(以下太字は本文より引用)。

1. 『21世紀の啓蒙』(上)

1.1. 啓蒙のモットー「知る勇気をもて」

啓蒙主義の原則:私たちは理性と共感によって人類の繁栄を促すことができる

啓蒙主義 = ヒューマニズム、開かれた社会、コスモポリタン自由主義、古典的自由主義
反啓蒙主義 = 部族への忠誠、権力への服従、呪術的思考、不運を何者かのせいにする

啓蒙主義については、『暴力の人類史』(上)第4章 人道主義革命でも詳しく解説されていました。

啓蒙主義による王朝国家から、ロマン主義による国民国家(民主国家)が生まれました。

そして、反啓蒙主義から派生し、19世紀に勢いを増したのがロマン主義です。

ロマン主義(19世紀):神秘的な力、神秘的な法、弁証法、逃走、神秘の発現、運命、人間の時代、進化力

ロマン主義運動の一部は美術に大きな影響を与え、卓越した音楽や詩を生みもしましたが、他方では政治的イデオロギーとなって、暴力の減少傾向を大幅に逆転させるという結果(好戦的ナショナリズム、ロマン主義的軍国主義、マルクス主義的社会主義、国家社会主義など)にも繋がりました。

反啓蒙主義 ⇒ ロマン主義 ⇒ ナショナリズム ⇒ 戦争の増加

という流れです。

1.2. 人間を理解する鍵「エントロピー」「進化」「情報」

科学革命がもたらした重要な、そしておそらくは最大のブレークスルーは、「宇宙は目的に満ちている」という直観を論破できたことだ

宇宙に目的があるか否かという議論は、モーガン・フリーマンの「時空を超えて」でもたびたびテーマに取り上げられています(宇宙を支配する法則は何か?(2-7. How Does the Universe Work?、など)

私たち人間はもちろん目標を持つが、自然の営みに目標があると考えるのは幻想である

著者はあくまで無神論信者の立場ですが、インテリジェントデザイン説(何らかの存在が地球上に生命を創造し、以来ずっと進化を導いてきたとする説)も根強く存在します(「時空を超えて」神が”進化”を創造したのか?(4-10. Did God Create Evolution?)

1.3. 西洋を二分する反啓蒙主義

1960年代以降、原題の諸制度への信頼は低下し、2010年代には、啓蒙主義の理念をあからさまに否定するポピュリスト運動も台頭した

この運動を繰り広げる人々は、コスモポリタニズムより部族主義、民主主義より権威主義を掲げ、よりよい未来を期待するより素朴な昔を懐かしむ

ポピュリズムとは、政治変革を目指す勢力が、既成の権力構造やエリート層を批判し、人民に訴えてその主張の実現を目指す運動のことです(エリート主義の反対)。

1.4. 世にはびこる進歩恐怖症

世界を正しく認識するには「数えること」が大事

ネガティブなニュースばかり流すジャーナリズムや、人間の認知バイアスに影響されないように正しく物事を認識するためには、「数えること」が大事と著者は主張しており、個人的にも激しく賛同です。

『暴力の人類史』でも、グラフや図をふんだんに使って、世界が如何に良い方向に向かっているのか解説しています。

私たちが世界史上最も偉大な時代を生きているといえる50の理由

以下はその理由の具体的解説が続きます。

1.5. 寿命は大きく延びている

平均寿命は世界的に延びている


世界平均では、平均寿命は毎年0.3年も伸びています( 「時空を超えて」“運”は実在するのか?(5-2. Is Luck Real?)


科学技術の進歩で、いずれは不老不死の時代がやってくるでしょうか?

著者は否定的です。

体の組織のどの階層においても、老化はゲノムに織り込み済みであり、それは自然淘汰が「できるだけ長生きさせる遺伝子」よりも「若いときを頑健にする遺伝子」を好むからだ

そしてその理由は時間の非対称性にある

エネルギーの大半を長寿に注ぎ込むような遺伝子には実質的なメリットがない

なるほど。。。

1.6. 健康の改善と医学の進歩

ジョン・スノー(1813 - 1858)が、ロンドンのコレラ患者の感染経路 - 下水の下流にある取水菅から飲み水を取っていた - を突き止めるまでは、伝染病は瘴気、つまり悪臭に満ちた期待のせいだと考えられていた

また、イグナーツ・ゼンメルワイス(1818 - 1865)とジョセフ・リスター(1827 - 1912)のおかげで医師が手を医療器具を消毒するようになるまでは、医師自身が感染の元凶になっていた

疫病制圧の功労者たち一覧


科学者の功績、特に膨大な人命を救った無名の科学者はこんなにたくさんいるのですね。。。彼らのおかげで現代の(当たり前に感じている)安全な社会が実現されているわけです。

1.7. 人口が増えても食糧事情は改善

急激な人口増加にもかかわらず、発展途上世界はその人口を養うに至っている

最も顕著な例が中国で、13億人が、1日1人当たり平均3100キロカロリー摂取できるようになっている


ほんの数10年前までは、食糧危機が現実的な将来の危機として認識されていました。

SF映画『ソイレント・グリーン』(1973年)で描かれていた恐ろしい食糧生産方法(人肉を再合成)というのは、いつの間にか非現実的なものに変わりました。


世界の人口の爆発的増加によって飢饉や飢餓が蔓延するという恐れが、もはやほぼ消滅したというのは驚きの事実です。

科学技術の進歩がマルサス人口論を無効化した

マルサス人口論というのは、「人口は抑制しないかぎり幾何級数的に増加するが、食糧は算術級数的にしか増加しない」というものです。

ムーアの法則とは違い、技術の発達でこの理論はもはや有効ではなくなりました。

マルサスの計算のどこが間違っていたのだろうか

まず、人口がいつまでも幾何級数的に増えるわけではないことがすでに明らかになっている(豊かになるにつれて人々は以前ほど多くの子どもを望まなくなる)

次に、食糧の緩やかな上昇線については、単位面積あたりの収穫量を増やせば、食糧供給を幾何級数的に増やすことも不可能ではないと知っている

真の飛躍を可能にしたのは化学である

「窒素」は、たんぱく質、DNA、葉緑素、そして生体エネルギーキャリアであるATP(アデノシン三リン酸)の主成分である。窒素原子は大気中に豊富に存在するが、2原子分子を形成していて分離が難しく、そのままでは植物が吸収しにくい

この難問を解決したのがフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュで、1909年に完成したハーバーの発明を、その後ボッシュが工業化し、メタンと蒸気を使って大気中の窒素を単離してから肥料に合成するという方法での肥料の大量生産が可能になった

なるほど、そんな化学的進展があったのですね、初耳でした。

1961年から2009年までに世界の農地面積は12%増えたが、収穫量のほうは300%増えた

1.8. 富は増大し貧困は減少した

世界総生産は200年でほぼ100倍に


貧困からの大脱出を可能にした3大イノベーション
・科学の応用:科学と技術の相互作用
・制度の構築:モノとサービスとアイデアの交換を促進する
・価値観の変化:商業精神が派閥間・宗派間の憎悪を消滅させた

1975年から2015年の1日当たりの所得グラフの変遷を見ると、極度の貧困というのも解消されたことがよくわかります。


わずか20年で世界の貧困率を半減 - 人類の幸福に関係する出来事としては、これがおそらく第二次世界大戦以後の世界で最も重要なものだろう

1.9. 不平等は本当の問題ではない

ドナルド・トランプは、労働者階級の衰退をウォールストリートと1パーセントの超富裕層のせいではなく、移民と貿易のせいにした

所得格差は幸福を左右する基本要素ではない

長生きで、健康で、楽しく、刺激的な人生を送れるなら、お隣さんがいくら稼いでいても、どれほど大きな家に住んでいても、車を何台もっていても、道徳的にはどうでもいい

御意。。。

20世紀以降の格差縮小の最大要因は戦争

「平等化の四騎士」として、大量動員を伴う戦争、大変革を伴う革命、国家崩壊、甚大な被害をもたらす疫病

これらの要因は富を著しく破壊するのみならず、大勢の働き手の命を奪うことで生き残った労働者の賃金を上げるので、格差が縮小する

格差の縮小が必ずしも善いこととは言えない、ということですね

1.10. 環境問題は解決できる問題だ

エコモダニズム
  1. ある程度の環境汚染は避けられない
  2. 工業化が人類に利益をもたらしていることをきちんと理解する
  3. 人類が環境に与えるダメージは技術の力で小さくできる
少し話は逸れますが、最近読んだ『なぜわれわれは外来生物を受け入れる必要があるのか』に論調がとても良く似ています。


この本でも、著者の主張は、
  1. ある程度の外来生物の侵入は避けられない
  2. 生物の多様化による進化は生態系に利益をもたらしていることを理解する
  3. 人類が絶滅危惧種を減らすことは技術の力で可能だ
というのが要点で、むやみやたらに外来種を排除してしまうと、結果的に生物の多様性と進化(環境変化への順応力)を失ってしまうというものでした。


上の図で示されているように、世界の人口は爆発的な増加ではなく、2050年ごろに100億人近くに達するのをピークにその後は減少するというものです。

なので、世界が地球の資源を使い果たすというのは間違った考え方です。

ある一連の事実は間違いなく憂慮すべき事態を示している。温室効果ガスが地球の気候に及ぼす影響である

SDGsは、2015年に制定された17の目標を2030年までに達成することを目標にしていますが、「深刻な気候変動」が現在最も達成率が悪いようです。

SDG Dashboard for OECD Countries

温室効果ガスの排出がこのまま続けば、21世紀の終わりには、地球の平均気温は産業革命以前の水準から少なくとも1.5度、おそらくは四度かそれ以上、上昇すると予想される

世界がどうにか適応できる気温の上昇は二度が限界とされている

これは相当ヤバイ状況ですね。。。

たとえみんなで宝飾品をあきらめたとしても、世界の温室効果ガスの排出量にはかすり傷ひとつ付きはしない

温室効果ガス排出の内訳は、重工業(20%)、建設業(18%)、運輸業(15%)、土地利用の変化(15%)、エネルギーを供給するためのエネルギー(13%)、畜産(5.5%)、航空機(1.5%)だからだ

世間が提唱する温暖化対策の多くは、リサイクルに力を入れる、フードマイルを減らす、使っていない充電器のプラグを抜くなど、個々人の自発的な犠牲行為を含んでいる

しかしどれだけ良いことをしているようでも、それもまたわたしたちが立ち向かっている巨大な試練から注意をそらすものでしかない

「環境問題はセクシーだ」発言で有名になった小泉元環境大臣の功績として、プラスチックごみ対策(レジ袋の有料化など)が有名ですが、これは単なるリサイクル施策でした。

そういえば環境活動家のグレタ・トゥーンベリは、最近あまりニュースに出ませんが、今はどうしているのでしょうか。。。

「カーボンプライシング」が脱炭素化の第一の鍵

炭素税の場合、公共の犠牲を価格に組み入れることで(公共コストの「内部化」)、人々は二酸化炭素を排出しようとするごとに、その害も考慮せざるを得なくなる

政府が決める「カーボンプライシング」であれば、経済学で「負の外部性」と呼ばれる状態(公共財ゲームにおいては、「全員が不利益を被る」状態))を避けることができるようです。

以下は余談ですが、温室効果ガスの排出で北極の氷が解けるのと南極の氷が解けるのでは、海面上昇への影響が異なります。

北極は、主に海氷で覆われています。海氷は海水の上に浮かんでおり、氷が解けても直接的な海面上昇には寄与しません。これは、浮いている氷が解けてもその体積がすでに海水に置き換えられているためです。
南極は主に陸地の上に巨大な氷床が存在します。陸上の氷が解けて海に流れ込むと、直接的に海面上昇に寄与します。南極の氷の融解は以下の影響があります:

南極の氷が解けると、大量の淡水が海に流れ込み、全球的な海面上昇を引き起こします。特に、南極大陸には非常に多くの氷が存在するため、解けた場合の海面上昇の影響は非常に大きいです。

1.11. 世界はさらに平和になった

1.12. 世界はいかにして安全になったか

1.13. 世界はさらに平和になった

1.14. 民主化を進歩といえる理由

この4つの章の内容は、前著『暴力の人類史』と重複するので割愛します。

1.15. 偏見・差別の減少と平等の原理

時代ごとの人間の行動の変化はどれも、次の3つの理由のいずれから起きる
  1. 時代効果:時代精神、国の風潮の影響による変化で、社会という船全体を持ち上げたり、引き下げたりする変化
  2. 年齢効果:人は成長とともに変化することを示す。母集団の平均は、若者、中年、高齢者の割合の変化に応じて自動的に変化する
  3. コホート効果(世代効果):世代交代による変化。同時期に生まれた人々の集団(コホート)は生涯を通じて共通の特徴を持つと考えられるため、ある世代がステージを去り、次の世代が登場すると、母集団の平均もコホートの構成の変化を反映して変化する


右派の反発や怒れる白人男性といった議論をよそに、西洋の国々の価値観は着実にリベラル(解放的)なものになっている

先進国以外の国々も価値観はリベラルになった

以上が『21世紀の啓蒙(上)』の所感でした。

下巻に続きます。

[人類に繁栄をもたらした啓蒙主義の理念]『21世紀の啓蒙(下)』(スティーブン・ピンカー)


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