[人類に繁栄をもたらした啓蒙主義の理念]『21世紀の啓蒙(下)』(スティーブン・ピンカー)

スティーブン・ピンカーの『21世紀の啓蒙(下)』(2019年)を読みました。



昨年上下巻(合計1300ページ)を完読した『暴力の人類史』に続き、スティーブン・ピンカーの大作を読破。


『21世紀の啓蒙』は、上巻(464ページ)は昨年末に完読し、下巻(509ページ)も今年の4月に完読したのですが、膨大な内容に圧倒されてブログにまとめるのをずっとサボっていました 笑


以下に下巻の所感をまとめました。

0. スティーブン・ピンカー

『21世紀の啓蒙』の著者スティーブン・ピンカーは1954年生まれの米国の認知心理学者です(以下はwikiより引用)。

スティーブン・ピンカー(出典:Gettyimages)

専門分野は視覚的認知能力と子供の言語能力の発達である。ノーム・チョムスキーの生成文法の影響を受け、脳機能としての言語能力や、言語獲得の問題について研究し著作を発表している。言語が自然選択によって形作られた「本能」あるいは生物学的適応であるという概念を大衆化したことでよく知られている。この点では言語能力が他の適応の副産物であると考えるチョムスキーやその他の人々と対立する。

The Language Instinct (1994年、邦訳『言語を生みだす本能』)、How the Mind Works (1997年、邦訳『心の仕組み』)、Words and Rules (2000年)、The Blank Slate (2002年、邦訳『人間の本性を考える』)、The Stuff of Thought (2007)は数多くの賞を受賞し、いずれもベストセラーになった。特に『心の仕組み』と『人間の本性を考える』はピューリツァー賞の最終候補になった。また、2004年には米タイム誌の「最も影響力のある100人」に選ばれた。2005年にはプロスペクト誌、フォーリンポリシー誌で「知識人トップ100人」のうち一人に選ばれた。

(引用おわり)

スティーブン・ピンカーの代表作のひとつである『暴力の人類史』は、以下のブログにまとめました。


また、NHKのドキュメンタリー番組『暴力の人類史』についても以下にまとめました。

今回読了した『21世紀の啓蒙』と、以前読了した『暴力の人類史』の内容は、重なる部分も多いのですが、テーマや焦点が異なります。

『暴力の人類史』 (原題: The Better Angels of Our Nature) は、人類の歴史における暴力の減少をテーマにしており、暴力が減少している理由やそれに寄与する要因について詳しく説明しています。
ピンカーは、統計データや歴史的事例を用いて、戦争や犯罪、虐待などの暴力行為が長期的に減少していると論じます。


『21世紀の啓蒙』 (原題: Enlightenment Now) は、啓蒙主義の価値観、特に理性、科学、ヒューマニズム、進歩を基盤にした現代社会の発展について焦点を当てています。
ピンカーは、これらの価値観がどのようにして人類の生活水準を向上させ、全体的な幸福を増進させたかを論じます。


『21世紀の啓蒙』では、ピンカーが『暴力の人類史』で述べた暴力の減少に関するテーマも触れられていますが、それは全体の中の一部分に過ぎません。『21世紀の啓蒙』は、より広範な社会的・科学的進歩の観点から、現代世界を理解しようとするものです。

Amazonのカスタマーレビューでは、4.4/5.0と高い評価を得ています。


[上巻]
第一部 啓蒙主義とは何か
 第一章 啓蒙のモットー「知る勇気をもて」
 第二章 人間を理解する鍵「エントロピー」「進化」「情報」
 第三章 西洋を二分する反啓蒙主義

第二部 進歩
 第四章 世にはびこる進歩恐怖症
 第五章 寿命は大きく延びている
 第六章 健康の改善と医学の進歩
 第七章 人口が増えても食糧事情は改善
 第八章 富が増大し貧困は減少した
 第九章 不平等は本当の問題ではない
 第一〇章 環境問題は解決できる問題だ
 第一一章 世界はさらに平和になった
 第一二章 世界はいかにして安全になったか
 第一三章 テロリズムへの過剰反応
 第一四章 民主化を進歩といえる理由
 第一五章 偏見・差別の減少と平等の権利

[下巻]
 第一六章 知識を得て人間は賢くなっている
 第一七章 生活の質と選択の自由
 第一八章 幸福感が豊かさに比例しない理由
 第一九章 存亡に関わる脅威を考える
 第二〇章 進歩は続くと期待できる

第三部 理性、科学、ヒューマニズム
 第二一章 理性を失わずに議論する方法
 第二二章 科学軽視の横行
 第二三章 ヒューマニズムを改めて擁護する

上巻は以下のブログでまとめました。

[人類に繁栄をもたらした啓蒙主義の理念]『21世紀の啓蒙(上)』(スティーブン・ピンカー)
以下に下巻の内容を簡単に紹介します(以下太字は本文より引用)。

2. 『21世紀の啓蒙』(下)

2.1. 知識を得て人間は賢くなっている

「教育に力を入れると国は豊かになる」という因果関係はあるのだろうか?国が豊かになると、教育水準は上がるのだろうか?

いくつかの研究によれば、教育に力を入れた国は実際豊かになることが示唆されている

少なくとも、宗教色のない合理主義的教育が施されていれば、国は豊かになる

今日アラブ世界の一部で経済成長が遅れているのは、やはり聖職者の干渉のせいだといわれている


アメリカでは、2011年には80%が高校を卒業し、うち70%が大学に進学している。また学士号をもつアメリカ人は、1940年には5%以下だったが、2015年には約三分の一まで増加した

日本の状況はどうでしょうか?

以前調べたときには、国内の大学進学率は2018年で58%でした。

また教育の拡大は「世界人口が今世紀後半ピークに達し、そこから減少する」という予想の主な理由でもある(『21世紀の啓蒙(上)』図10-1 参照)


なぜなら、教育を受けた人ほど、子どもを持つ数が少ない傾向にあるからだ

世界の人口は爆発的な増加ではなく、2050年ごろに100億人近くに達するのをピークにその後は減少するというものです。

なので、世界が地球の資源を使い果たすというのは間違った考え方です。

識字率が上がり知識が豊かになっていることはわかったが、実際のところ世界の人々は昔より賢くなっているのだろうか?

驚くことに、その答えは「イエス」である

知能指数(IQ)は1世紀以上のあいだ、世界のあらゆる地域で10年ごとに3ポイントのペースで上昇しつづけている(フリン効果)


IQの上昇も(身長が伸びているのと同様)まず脳に十分な栄養が与えられたことがその理由だろう

脳は身体が摂取するエネルギーの約5分の1を消費する

しかし、栄養と健康だけではフリン効果の一部しか説明できない

この数十年の環境の向上によって、大きく伸びたのは学校で教えられた具体的能力(一般知識、計算能力、語彙力)ではなく、抽象的な種類の能力(類似性を考える問題、類推問題、図形問題など)だった

もっとも向上したのは(’学校教育を通して身につく)分析的な思考力である

「人間開発指数」(平均寿命、一人あたりのGDP、教育水準の三つの主要要素で構成)は改善している

2.2. 生活の質と選択の自由

1870年の西ヨーロッパの平均労働時間は週66時間(ベルギーは週77時間)、アメリカは週62時間になる

しかしそれから1世紀半のあいだに、労働者は賃金奴隷の状態から徐々に解放され、西ヨーロッパの状況は劇的に改善した(現在、西ヨーロッパの労働時間は1870年と比べ、週28時間も短くなった

アメリカは仕事に野心的なのか、西ヨーロッパよりも短縮幅は少ないが、それでも1870年と比べ、週22時間分短くなった


日本の労働時間はどうでしょうか?

本の現在の1週間の平均労働時間は、約34〜35時間ですが、近年の働き方改革や労働時間の短縮に伴い、少しずつ減少しています (出典:MRI)​ 。

OECDのデータによると、日本の労働時間は世界28位だそうです(トップはメキシコ)。


将来的には、2024年問題などの労働規制強化の影響で、日本の1週間の労働時間は約32〜33時間まで減少すると予測されています。

1880年には、現在の基準では定年とされる年齢のアメリカ人男性の約80%がまだ働いていた。しかしその割合は1990年になると、20%以下にまで低下している


今日アメリカでは、勤続年数が5年の場合、平均で年間22日の有給休暇を付与される(1970年には16日だった)

日本の場合はどうでしょうか?

日本では、雇い入れの日から6ヶ月間継続勤務し、その間の全労働日の8割以上出勤した労働者に対して10日、以後継続勤務年数が1年増すごとに1日(2年6箇月を超える継続勤務1年については2日)ずつ加算した日数(最高20日)の有給休暇を与えなければならない。

有給休暇日数は、米国の22日より少ないですが、年間の祭日の数が米国11日なのに対して、日本は16日と多いので、合計値では日本が36日と、米国の33日よりも3日多いことになります。

年間の平均労働時間は、日本はアメリカよりも実は短いことがわかりますね。

一方、世界経済フォーラムによると、日本において65歳以上の男性の就業率は現在約30%前後なので、日本はアメリカよりも定年退職する年は遅いことがわかります。

2021年のデータでは、日本では65歳から69歳の男性の就業率が約50.3%に達し、70歳以上の男性でも就業率は18.1%にのぼります。

本章では生活の質が改善した証拠を示すグラフがこの後もたくさん出てきます。







さまざまな観点から客観的に見て、生活の質と選択の自由は改善しているのは間違いありません。

2.3. 幸福感が豊かさに比例しない理由

わたちたちは昔より多少なりとも幸せに感じているだろうか?

調査で「自分は幸せだ」と回答するアメリカ人の割合は、ここ数十年間変化していない

「人々は目覚ましい経済成長については軽くあしらい、何かと新しい心配事を見つけだしては動揺しているようである。したがって、人々の主要な感覚においては、物事は決して良くならない」(政治学者のジョン・ミューラー)

確かに、戦後の高度成長期を経て経済成長の恩恵を多大に享受しているはずの日本においても、通勤ラッシュ時の乗客を見るとみな死んだような表情ばかりが目立ちます。。。

人の幸福感とは周囲と比較して自分がどれだけうまくやっていると思うかによって決まる

知り合いと繋がるSNSは便利な反面、他人が自分よりどれだけ幸福なのかを常に比較してしまうと、幸福感には繋がらないですね。。。

個人的な話で恐縮ですが、知り合い同士の自慢大会(昇進報告や贅沢な生活)と化したFacebookは、私は見るのも投稿するのも完全に止めてしまいました 笑

客観的な意味での幸福を形づくるもの:命(長生き)、健康、自由

理論的には、自由と幸福感には関係がない

自由は意味のある人生を送るために、なくてはならない要素

ここで再び「人間には自由意志があるか?」という科学的なテーマに行き着きます。
自由意志が本当にあるかの是非は別として、「自由意志はない」という考えは、人間のモラル低下すなわち幸福感の低下につながるのは番組でも指摘されていました。

幸福感には二つの側面がある。経験的もしくは感情的な側面と、評価的もしくは認知的な側面である

経験的な側面は、ポジティブな感情(高揚感、喜び、誇り、楽しさ)とネガティブな感情(不安、怒り、悲しみ)のバランスによって成り立っている

評価的な側面は、人が自分の人生をどう生きているかを評価する

幸福を感じている人々が今を生きているのに対し、意義ある人生を送る人々には語るべき顔があり、未来に向けた計画があるということだろう

結局、人生における意義とはたんに自分の欲求を満たすだけではなく、自分を表現することなのかもしれない

このブログを書いている私自身、ブログで自分を表現していることに意義を見出しているのかもしれませんね

自分とはどういう人間かを明らかにする行動、信望を築く行動により、人生は意義あるものへと高められるのだろう

「国は豊かになればなるほど、その国民も幸福になる」(世界131か国の幸福感についてのグラフ)


世界幸福度報告では「所得、健康、選択の自由」のほかに、国の幸福感に同調するものとして次の三つの項目をあげている
  1. 社会的支援(困ったときに頼れる友人や身内がいる)
  2. 気前の良さ(慈善団体に寄付をしているか)
  3. 汚職の少なさ
殺人が社会の暴力度を測る最も確かな指標であるように、社会の不幸度を知るうえで最も信頼できる指標は自殺はのではないかと思う向きもあるかもしれない

しかし実は、不幸の度合いを知るには自殺率は案外当てにならない

手軽で成功しやすい自殺の手段が手に入りやすくなるか、または取り除かれたりすると、それに合わせてその国の自殺率も上昇したり下降したりする

自殺は経済の低迷や政治的混乱によっても増加し、天気や日照時間にも影響を受ける

メディアが自殺のことを大きく報道したり、美化して報道しても増加する

世界的には自殺者は年間約80万人で、死因の第15位である(日本は年間2万人で死因の第10位、10万人あたり16.3人)


鬱病と診断される人が増えているのはなぜか

メンタルヘルスの専門家によって、何が精神疾患に入るのかという基準が引き下げられつつある

「第二次世界大戦の恐怖を経験した人、特にナチスの殺人工場を経験した人が、今の時代に心的外傷後ストレス障害(PTSD)を引き起こす可能性のあるものを知ったら、きっと困惑するに違いない

なにしろ親知らずを抜かれたり、職場で不快なジョークを言われたり、順調な出産で健康な赤ん坊を産んだりすることがPTSDの原因になるうるのだから

鬱病の定義が時代とともに大きく変わってきているんですね。。。

2.4. 存亡に関わる脅威を考える

この半世紀のあいだ、現代版黙示録の四騎士といえば「人口過剰、資源の枯渇、環境汚染、核戦争」であり、この四つが人類への大きな脅威だった

著者は続けて、懸念されているあらゆる脅威も、大きな問題にはならないと主張しています
  • 人工知能は進化しても人間を滅ぼさない
  • サイバー攻撃で負傷した人間は一人もいない
  • 世界を滅ぼせるテロリストは存在しえない
  • バイオテロは非常に困難で効率も悪い
  • 核の脅威は本物だが過大に評価されている
現在核兵器を所有する国は9か国(米、露、英、仏、中、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮)で、世界には1万発以上の核兵器が存在している

核兵器保有国のなかには、ロシア、中国、北朝鮮といった米国と対峙している国も含まれているので、もしアメリカとこれらの国との間に全面戦争が勃発したら、核兵器が使用されて人類や地球を滅亡させるかもしれません。
4月に訪問したラスベガスの核実験博物館では、核兵器の怖ろしさについて多くを学びました。

これまで大国間で核戦争が発生していないのは、大国同士の戦争を減少させるために働いた数々の力(上巻第11章)のおかげだろう

核は究極兵器でも究極の抑止力でもない

核兵器が第二次世界大戦を終結させたとか、その後の「長い平和」の礎を築いたとかいう評価は間違っている

この二つは核兵器が悪ではなく善だということを示すために繰り返し利用されているが、今日ほとんどの歴史家は、日本が降伏したのは原爆投下が理由ではなく(日本では60の都市が空爆を受け、その被害は広島と長崎の原爆による被害よりも大きかった)、ソ連が太平洋戦争に参戦したためだと考えている

ソ連の参戦により日本が敗戦することは、総力戦研究所の分析でも「戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能」として明確に記録に残っています。


世界の核兵器は近年減少しつつある


核戦争の脅威を減らすための良識的な方法は、核の先制不使用政策を宣言するになる

理論上は、これで核戦争の可能性は完全になくなるはずだ

2016年、バラク・オバマはこの方針を採用する寸前まで行ったが、今は時期が良くないという理由で、ぎりぎりのところで補佐官らに説得され、実現には至らなかった

この補佐官というのは、アシュトン・カーター国防長官とジョー・ダンフォード統合参謀本部議長だったと言われています。

上述の『戦場としての世界』の著者であるH.R.マクマスターの前任の補佐官ですね!

2.5. 進歩は続くと期待できる

本著および前著『暴力の人類学』で著者が主張してきた数々の人類の進歩の歴史とその根拠に対して、ポピュリズムの台頭が大きな脅威となっていると著者は指摘します。

現在、人類の進歩に対してこれまでとは異質の脅威が現れている

それは啓蒙主義の基礎を覆そうとする政治的な動き、ポピュリズムである

ポピュリズムとは、ある国の特定の国民(通常は民族集団、時には階級)が直接の統治を求めるものである

さらにその統治は強力な指導者によって体現され、指導者は自分を支持する集団の正統な美徳と経験を直接伝える

著者によると、近く実施される米国の大統領選挙で共和党のドナルド・トランプは、まさにこのポピュリスト(権威主義的ポピュリズム)の代表となっています。

権威主義的ポピュリズムの支持者は経済競争の敗者ではなく、むしろ文化競争の敗者だと結論した

つまり信心深く、学歴がそれほど高くなく、人種的マジョリティに属する男性有権者たちは、「自国で優勢になっている現代的な価値観に疎外感を感じていて、文化的な進歩の潮流から取り残され、その文化的変化を共有できずにいる」

ポピュリズムは老人の運動、衰退の可能性大

2.6. 理性を失わずに議論する方法

人間は一貫して合理的だと考えた啓蒙思想家などいない

カントも、スピノザも、ヒュームも、アダム・スミスも、百科全書派も、誰一人として、人間は一貫して合理的だとは思っていなかった

彼らが説いたのは、わたしたちは虚偽やドグマの誘惑を断ち切って合理的になるべきだということであり、また言論の自由、論理的分析、実証的検証といった、自分たちの力を律する制度を設け、規範を守ることで、個人では無理だとしても集団では合理的になれるということだった

カントとスピノザという哲学者の名前が挙がったので、以下の書籍で彼らの思想を簡単に調べてみました


カントは、人間の認識の仕組みを「純粋理論批判」で説明しましたが、神や霊魂など人間が経験できない領域は人間が推理できないということがわかり、「実践理論批判」を打ち立てました。

「実践理論批判」では、自然の世界と同様に、道徳の世界にも普遍的な法則があると考え、それは、私たちの意志を規定する命令であって「~すべし」という命令の形を取ります(道徳法則)。


スピノザは、デカルトの哲学で別の実体だった心(精神)と身体(物体)を一つにして「自然(神)」の一部と考えました。


また、「機械論的世界観」と呼ばれる、世界の出来事や未来もすべてが決定しているという決定論を展開しており、人生に自由がないことを通して「世界に自由がないということを知ることが自由」と主張しました。

これは、モーガン・フリーマンの『時空を超えて』のエピソード「人間には自由意志があるか」でも取り上げられたテーマですね。

集団の愚行は、一般的には無知によるものと説明されるが、(中略)それは間違いだと気付いた

進化論を信じるかどうかは科学知識が身に付いているかどうかと関係がなく、進化を信じると明言することは、実はリベラル派で非宗教的な文化への忠誠心の表明であり、逆に信じないと明言することは、保守的で宗教的な文化への忠誠心の表明にほかならない

人為的気象変動を認めるか認めないかは、科学知識の有無ではなく、政治的イデオロギーによって分かれる

人は評判を気にして集団内の主流意見に同調する

人間の脳は「動機づけられた推論」(論証が導くほうへ向かうのではなく、好ましい結論へと論証を導いてしまうこと)、「評価バイアス」(好ましい方法に合わないエビデンスはあら探しをして排除し、会うエビデンスだけを受け入れようとすること)、そして「マイサイドバイアス」(文字どおり、”自分の側”に偏った自己弁護的な見方をすること)に陥りやすい

「動機づけられた推論」、「評価バイアス」、「マイサイドバイアス」は、いずれも『錯覚の科学』や『人間 この信じやすきもの』で説明されているものと同じです

超予測者たちは暗黙裡にベイズ推定 - 18世紀のイギリスの数学者トーマス・ベイズの考え方に基づき、新たな証拠を踏まえて推定したい事象の確率を推論する方法 - を使っているという意味でベイジアンである

彼らはまず推測したい事象の基準率の算出からスタートする。全体的かつ長期的にみて、どの程度の頻度でその事象が発生しているかという確率のことである

次いで、新たな証拠がその事象の発生ないし非発生をどの程度示唆するかに応じ、その基準率を微調整していく

ベイズ推定は、「計量経済学」で用いられる回帰分析においての手法として関連していますが、アプローチや目的に違いがあります。

回帰分析が独立変数と従属変数の関係をモデル化するための手法である一方、ベイズ推定は、未知のパラメータを確率的に扱い、その事後分布を推定する手法です。

(ベイズ推定は、回帰分析においても使用されます。特に、ベイズ回帰という手法があります。ベイズ回帰では、回帰係数を固定値とせず、事前分布を設定して、データに基づいて事後分布を計算します)

モーガン・フリーマンの『時空を超えて』のエピソード「進化とロボット」でも、ベイズ推定が人間の脳の働きの重要な役割を担っている(ゆえにロボットとは異なる)と説明されています。

ベイズ推定


実際の映像と、過去のデータを照合する

2.7. 科学軽視の横行

アメリカの右派の政治家に見られる科学軽視について

この事態は、ジョージ・W・ブッシュ政権時代に打ち出された諸政策に端を発していて、そのなかには創造論を(インテリジェント・デザインと称して)学校教育に取り入れようとしたことや、公正な立場の科学顧問団から意見を聞くという長年の慣行を捨てて、自分好みのイデオロギー信奉者を顧問団として集めたことも含まれる

米国では、1989年に「全てのアメリカ人のための科学」という白書が発行されました。


NSFのプロジェクト2061という名前が気になって調べたら、ハレー彗星の接近する年を科学技術を核にした目標の達成年としており、非常に野心的な草案でした。

残念ながら、この白書も現在は骨付きになってしまっているようで、米国が科学技術大国として再び2061年に世界の頂点に君臨できるようになるかは不明です。

日本でも2020年、当時の菅政権が、「日本学術会議」が新会員として内閣府に推薦した法律・歴史学者ら6人の任命について、菅義偉首相が拒否したという問題が起きたのは記憶に新しいところです。

その後、2021年に発足した岸田政権も同じく6名の任命を見送り、この問題は未解決で、学術会議や学者から任命を求める声が続いていますが、具体的な進展は見られていないようです。

インテリジェント・デザイン(再びモーガン・フリーマンの「時空を超えて」のエピソード「神が”進化”を創造したのか?」にも登場)に関しては、一部の研究者が真剣に提唱しているものの、こちらも賛否両論あり、少なくとも無神論者の立場を貫く著者は否定的に捉えています。



政治上の科学蔑視が顕著に見られるのは、主として中絶、進化論、気候変動といった大きな争点がからんでいる場合である

しかし科学蔑視はそこにとどまらず、より全般的な科学否定へと範囲を広げている

私は理工系出身で幼少期から宇宙に憧れを抱いていたので、科学に対する思い入れが強いのはごく当たり前なのですが、世の中がもっと科学技術に関心を深めたら。。。と常に思います。

例えば、このブログでも再三引用しているモーガン・フリーマンの「時空を超えて」という科学ドキュメンタリー番組は、科学知識がほとんどなくても十分に楽しめる素晴らしい内容です。

また、スポーツ科学の領域は、身体の仕組みや脳の働きなど未だに解明されていない謎の宝庫のようなもので、経済的な付加価値が高くないせいか、なかなか進捗していません。

スポーツ科学についても(これも私がたまたまスポーツを趣味としているからかもしれませんが)、知れば知るほど不思議で興味は尽きず、知的好奇心を掻き立てられます。

現代科学にできる最大の貢献のひとつは、学問上のパートナーである人文学との統合を深めることかもしれない

A・E・ヴァン・ヴォークトのSF小説の古典『宇宙船ビーグル号』では、総合科学(ネクシャリズム、Nexialism)と呼ばれる、社会学、心理学、教育学といった社会・人間科学諸分野を統合した専門家の主人公が、数々の難題や危機を乗り越えていきます。

この総合科学(ネクシャリズム)も、科学と人文学の統合の行き着く先なのかもしれません

2.8. ヒューマニズムを改めて擁護する

「理性に導かれる人間は、他の人々のためにも望むことしか、自分のために望まない」(スピノザ)

「自然法則によって禁じられていないものは、適切な知識があれば何でも達成できる」(ドイッチュ)

ホッブスの社会契約論


自然状態の「万人の万人に対する闘争」を克服するために、自然権を放棄して国家(リヴァイアサン)と社会契約をするというのが社会契約論です。

カントの定言命法

カントの「実践理論批判」は前述しましたが、定言命法は、カントの道徳哲学における中心的な概念で、「無条件に従うべき道徳的な命令」を指します。

定言命法はカントの倫理学の基本的な原理であり、『実践理性批判』はこれを基礎として、道徳的行動の根拠を探る理論です。

ロールズの無知のヴェール


正義の諸原理は、無知のヴェールの背後で選択されることによって、資本主義経済の中で、自由を認めながらも格差を縮めていくという画期的な方法論です。

ネーゲルの「どこでもないところからの眺め」

ロックとジェファソンの「すべての人は平等につくられた」

エントロピーの法則がある限り、わたしたちの体(と心)を昨日させるには実に多くのことがうまくいかなければならず、そのうちのどれか一つでもうまくいかなくなると、体の機能が永久に止まってしまうという驚異が常につきまとう

ヒューマニズムを否定したがる二つの勢力は「有神論的道徳」と「ロマン主義的ヒロイズム」

わたしたちは本当に神なしで善を行えるのか?

「基礎物理定数」は神の存在の証拠?

ここでも再び、人間原理の議論が展開します。つまり、宇宙を支配する物理定数が生命が存在するためにファインチューニングされているということです。

無神論者の立場を貫く著者は、

宇宙は神によってファインチューニングされているのではなく、多次元宇宙(マルチバース)の一つで、わたしたちの宇宙は、それぞれに異なる物理定数をもつ無数の宇宙からなる広大なランドスケープのほんの一領域を占めているにすぎない

と主張します。

ヒューマニズムの対極に立つ思想家を一人だけ挙げろといわれたら、ドイツの古典文献学者、フリードリヒ・ニーチェをおいてほかにない

ニーチェは次のように論じた

人生で重要なのは、善悪を超越し、意志を力に変え、英雄的栄光を手にする「超人」になることだ

そのようなヒロイズムによってのみ、種の可能性を引き出し、人類を存在の高みへと押し上げることができる

偉業とは、病気を治療する、飢えた人々に食事を与える、平和をもたらすといったことではなく、むしろ芸術上の傑作や軍事上の制服によって達成されるものでなければならない

ニーチェについても調べてみました


ニーチェと言えば、「神は死んだ」という「ツァラトゥストラはこう言った」が有名ですが、神なき時代に、超人は世界に新たな価値を与える存在となると説いています。

二―チェの思想が、ヒューマニズムを脅かす「ロマン主義的ヒロイズム」の源泉となっていると著者は強く主張しています。

最後に、著者は啓蒙主義の理念が社会の繁栄に繋がることを確信していると述べ、この大作を締めくくっています。

いやはや。。。『21世紀の啓蒙』はとてつもなく中身の濃い読みもので、完読まで苦労しましたが、こうしてレビューしてみると、まだまだ読み切れていないエッセンスもたくさんあるので、またいつかの時点で改めてレビューを試みようと思います。


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