0.デヴィッド・リンチ監督
- イレイザーヘッド - Eraserhead (1976年、監督・製作・脚本)
- エレファント・マン - The Elephant Man (1980年、監督・脚本)
- デューン/砂の惑星 - Dune (1984年、監督・脚本)※デューン/スーパープレミアム[砂の惑星・特別篇](1994年、監督・脚本)
- ブルーベルベット - Blue Velvet (1986年、監督・脚本)※全米批評家協会賞作品賞・監督賞、LA批評家協会賞監督賞
- ワイルド・アット・ハート - Wild At Heart (1990年、監督・脚本)※カンヌ国際映画祭パルム・ドール
- ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間 - Twin Peaks: Fire Walk With Me (1992年、監督・脚本)
- ロスト・ハイウェイ - Lost Highway (1997年、監督・脚本)
- ストレイト・ストーリー - The Straight Story (1999年、監督)※他作品と作風の違う、全年齢指定で人情物の作品。
- マルホランド・ドライブ - Mulholland Dr. (2001年、監督・製作総指揮・脚本)※カンヌ国際映画祭監督賞、全米批評家協会賞作品賞、NY批評家協会賞作品賞、LA批評家協会賞監督賞
- インランド・エンパイア - Inland Empire (2006年、監督・製作・脚本・撮影)※全米批評家協会賞実験的映画賞
1. イレイザーヘッド - Eraserhead
ストーリーは奇妙奇天烈、どうひいき目に見ても美しい映像とは縁のないおぞましい情景の連続。主演のジャック・ナンスの髪型(イレイザーヘッド)もさることながら、極め付けは奇形児(というより爬虫類のような)の赤ん坊。。。
しかし、この作品は傑作だと思います。
映画を鑑賞するときの従来のエンターテインメントに大きな問題提起をしているように思えます。ソファに寝転がり、ワインとツマミを片手にのんびり。。。という鑑賞スタイルでは、この映画は退屈極まりないかもしれません。作品側から鑑賞者に視覚・聴覚的な刺激を与えるということが一切ないからです。
逆に、ひとつひとつのシーンについてその意味や背景をあれこれと想像して楽しむ能動的な鑑賞スタイルであれば、これほど面白い映画は滅多にないと思います。
作品がモノクロである理由は、主人公の悲惨な生活をテーマにしたこの作品には色彩の映像が余計だったからでしょう。
冒頭から現実離れしているシーンの連続なので、まともに筋を理解しようとすると面喰ってしまうのですが、これはリンチの世界、まさにここで描かれているものは現実のものではなく、空想の産物(あるいはヘンリーの夢のなか)であると捉えると理不尽なシーンはすべて理解できます。
奇怪なものはすべてヘンリー(あるいはリンチ自身)の忌み嫌うものの象徴。どうやらリンチの過去(学生時代に子供を作って苦労した)が反映されているようです。
主人公のヘンリーが泣き叫ぶ奇形児をどうしても放っておけず、出勤を諦めて家で看病するシーンだけは、例外的に微笑ましいですね。
フィラデルフィアの工場地帯をモデルにしているせいもあり、ヘンリーの生活には余裕や充実といったものとはまったく無縁で、部屋のなかも寝ているベッドも狭ければ、通勤路も泥だらけで靴もドロドロになります。
天使が現れてヘンリーにささやきます。
「天国ではすべてがうまくいく」
一般社会から隔絶された知られざる世間で、このような境遇下で絶望している人々がこの作品のテーマです。
ヘンリーの夢のなかで、頭が床に転げ落ち、それを少年が工場に持ち込んで、生首のサンプルから鉛筆の消しゴムを作るシーンがありますが、これは文字通り「身を粉にして働いている」ヘンリーの日常生活を象徴しているのではと思います。
妻に家出され、赤ん坊の育児に疲れ果て、挙句の果てには、性的な妄想を抱いていた隣人の女性が醜い中年男とデキていると知ったとき、ヘンリーの絶望は、激しい憎悪の感情に豹変します(このシーンでのヘンリーの表情は、これまでと全く異なる怒りに溢れています)。
そして、それをあざ笑うかのような赤ん坊の態度に、ヘンリーは遂にハサミで赤ん坊を惨殺してしまい、自分は天使に迎え入れられる(発狂したと解釈できます)シーンで終了しますが、宗教上の対立や、個人的な復讐、暴力と暴力の衝突といった題材の過激さだけがウリの映画が蔓延するなか、この映画のように圧迫された環境から放たれる静かな発狂には次元の違う強い説得力があります。
最後に一瞬画面に現れる狂人は、実は変わり果てた現実のヘンリーの姿ではないでしょうか?
これに似たテーマの映画としては、米国コロンバイン高校銃乱射事件をテーマにした「エレファント」(2003年公開)があります。主人公(主犯)の二人の高校生は、スポーツが得意なわけでもなく、内向的な性格が災いして学内でイジメの対象になり、やがて無差別大量殺人という形で世間に復讐を果たします。
「エレファント」が公開された2003年には混沌とした社会問題は既に目新しいテーマではなかったのですが、「イレイザー・ヘッド」が公開された1977年当時、このような前衛的テーマの映画が普遍的だったとはとても思えません。が、自主制作という困難を伴ってでもこれを完成させたデヴィッド・リンチという監督は、やはりタダモノではないと思います。
「イレイザー・ヘッド」は、公開当時は妊婦は鑑賞しないよう警告されたそうです。映画史に残る傑作なのは間違いありませんが、万人には決してオススメできる映画ではありません。
2.エレファント・マン - The Elephant Man
「エレファント・マン」(1980年)はデヴィッド・リンチ監督の第2作目。19世紀のロンドンで実在したジョン・メリックという先天的に重度の障害を持つ青年の実話の悲劇をベースにしています。アカデミー賞8部門にノミネートされた作品です。
私がこの映画を初めて観たのは確か中学生のときだったと思います。多感な時代だったのでもちろんえらく感動した記憶があります(当時は何を観ても感動しましたが)。今回のレビューを書くのに30年ぶりに観直しました。
容姿が醜いという理由だけで人々から虐待されてきた心の美しい青年の人生の悲劇を美しく描いています。リンチ作品としてはかなりストレートでわかりやすい内容、主人公のジョンへの感情移入も容易です。
ではリンチはこの作品で何を伝えたかったのでしょうか?
リンチ作品では共通したメッセージがこの映画でも語られます。
「この世は不思議な出来事であふれている」
ジョンがこれまで受けてきたひどい仕打ちについて、医師たちが「彼がこれまで歩んできた人生は我々が決して想像もできないものだ」と言うシーンがあります。
最も過酷で絶望的な人生を耐え忍んできたジョンが、神への深い信仰を捨てず、亡き母への感謝を心に、最後には「自分の人生は満たされています、なぜなら私は愛されているからです」と答える姿からは、ジョンはすべての登場人物(外科医や舞台女優も含めて)よりもむしろ幸福な人生を送ったのだと悟ることができます。
ジョンがおそらく息を引き取って天に召された直後、満点の星空が画面に映し出されますが、これこそ、リンチが「この世(宇宙)は不思議な出来事であふれている」というメッセージを象徴しているシーンではないでしょうか。
エリックが大聖堂の模型を完成させた夜、普通の人間らしくベッドに頭を寝かせる(それは死を意味するのですが)ときに、背景に流れるメロディが、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」だということに初めて気付きました。この曲は、ベトナム戦争を描いたオリバー・ストーン監督の名作「プラトーン」で印象的に使われていました。映画で効果的に使われたのは、実は「エレファント・マン」が先だったんですね。
その後のリンチ作品に見られるような前衛的・実験的な要素は乏しいものの、ヒューマンドラマとしては傑作だと思います。
3.デューン/砂の惑星 - Dune
デヴィッド・リンチ監督の「デューン/砂の惑星」は、興行収入的には大失敗となりましたが、後世に残るSF史上に輝く超大作でもあります。
SF映画といえば、当時は「スターウォーズ」「2001年宇宙の旅」「エイリアン」といった不滅の名作が人気のなか、「デューン/砂の惑星」は、特撮効果もショボく、胃にもたれるかのような生理的に不快なダークファンタジーになってしまったのが失敗の原因と言われています。
しかし、当時の不評にも関わらず、コアなファンはこの作品を高く評価しています(私もそのひとり)。
ではこの映画の魅力はどこにあるのでしょうか?
映画はまず、無数の星がまばたく宇宙空間に、イルーラン姫(皇帝の娘)の均整の取れた顔がフェードインしてきて、物語の背景を語るところから始まります。ブライアン・イーノが手掛けた幻想的なテーマ曲がバックに流れます。
このオープニングでデヴィッド・リンチワールドにどっぷりと浸ってしまいます。。。
他の作品にも共通するのですが、デヴィッド・リンチは映画の冒頭の描写が天才的にうまいのです。
その後は、一般的な聴衆の期待をことごとく裏切りまくるグロテスクかつ悪趣味な描写が次々と繰り出されます。。。正直子供たちには観せたくないシーンのオンパレード。。。
そんななか、主人公のポール・アトレイデスを演じたカイル・マクラクランは、ルックスも見栄えがして素晴らしい存在感です。彼が父の復讐を誓いフレミン族の救世主として成長していくところがこの映画の最大の見どころです。
"Father! One day the sleeper will awaken."
と夜空に向かって叫ぶシーンは感動的です。すべての人にはその潜在能力を発揮するポテンシャルを持っている、というのは普遍のテーマですね。
しかし改めてこの映画のキャストが物凄い。。。
ポールの父アトレイディス公爵は「Uボート」船長のユルゲン・プロホノフ
カインズ博士は「エクソシスト」他で大名優のマックス・フォン・シドー
ヒロイン役のチャニは「ブレード・ランナー」のショーン・ヤング
公爵の副官ハレックは、「スター・トレック」シリーズのピカード船長のパトリック・スチュワート
そして、ハルコネン男爵の甥フェイドを演じるのは、あのスティング(引き締まった肉体美を披露)
ほかにも名脇役がゾロゾロ。。。
ちなみに音楽はTOTOが手掛けています(オープニングタイトルだけブライアン・イーノ)。スティーブ・ルカサーの泣きのギターがカッコイイです。
私が最初にこの映画を観たのは、大学入学して間もない頃だったと思います。フランク・ハーバートの原作(ハヤカワSF文庫で4巻の大作)は既に読んだことがあったので、映画のストーリーは知っていましたが、この映画の魅力の原点はやはり原作にあると思います。
時代は10,191年(!)の未来、砂の惑星デューンでしか採掘できないスパイス(香料)の影響を4,000年に渡って受け完全に変態化した航空士(瞬間移動ができる)、ハルコネン家とアトレイディズ家の確執など圧倒的なスケールの広い物語がこの映画に深みを与えていると思います。
さて、その「デューン/砂の惑星」のパッケージソフトですが、8月にようやく待望のブルーレイが発売されるようです。が、Amazonの予約販売の値段を見てビックリ!30周年記念の特別版のブルーレイBOXが6,233円もの高値では手が出ません。。。
ちなみに米国Amazonでは同じブルーレイ(ただし日本語字幕はありません)がたったの$7.99で売っています。DVD版と比較すると画質も音声も劇的に向上して感激しました。
まず、皇帝が登場する宮殿内の息を呑むような豪華なセッティングが、ブルーレイだと見事に再現されて驚きます。装飾の細部まで拘ったセットに圧倒されます。
音声はDTS MA6.1chでこちらも相当な改善で嬉しい限りです。
また、DVDではカットされていた一部のシーンが新たに加わっています。ハルコネンがモノレールのような乗り物から降りて登場するシーンなどです。
ただいつも思うのですが、BD-Liveは邪魔以外の何物でもありません。。。本編視聴する前にネット接続され、不要な宣伝がジャンジャン、いつまで経っても本編始まりません。そのたびにリモコン操作を強要されるという。。。さすがハリウッドですね(笑)
DVD版のほうは、以前から数種類がリリースされています。
このHDリマスター版の画質はなかなか良いです。字幕も16:9の画面に埋め込まれているのでワイド画面の恩恵を受けて観ることができます。音質もサラウンドが入っています。
こちらのDVDは、画質的には上記HDリマスターに劣りますが、劇場未公開の貴重なTV放映長尺版が収められています。日本語版も入っていますがオリジナルの英語版も選択できます。冒頭の背景説明が紙芝居なのが笑えます。長尺版は一部貴重なシーン(ポールはフレミンに捕えられた直後、部族代表との決闘に勝ってリーダーの座に迎えられる)があるものの、全体的には冗長で、私は劇場公開版の短いバージョンで良いのではないかと思います。
4.ブルーベルベット - Blue Velvet
退廃的/官能的なサスペンス映画です。出演はリンチ作品ではお馴染みの面々、カイル・マクラクラン主演、ほかにイザベラ・ロッセリーニ(かつてのリンチの奥さんでした)、ローラ・ダーン、そして、デニス・ホッパーが狂気の殺人者を怪演しています。しかしカイル・マクラクランもローラ・ダーンも若い。。。役柄は大学生(!)ですから。
物語は平和な田舎町に潜む狂気を描いています。主人公は偶然道端に落ちていた人間の耳を見つけたことから倒錯した性と暴力のアブノーマルな世界に踏み込んでいってしまいます。
「この世は不思議なところだ」
主人公が何度も口にするセリフです。
「ブルー・ベルベット」という表題とは裏腹に、この映画の不快指数はかなり高いです。普段観たくない、目を背けたいものを無理やり見せられているような感覚。。。
映画を娯楽として鑑賞するのは、日常生活から乖離したファンタジーの世界に浸ることでストレスを解消するという目的があると思いますが、この映画はその真逆を強要させられます。
人妻のイザベラ・ロッセリーニを人目を忍んで抱く習慣から抜け出せなくなったカイル・マクラクランは、SMの世界に踏み込んでしまおうという自分を意識して悩みます。「ツイン・ピークス」のクーパー捜査官と違い、一線を超えず踏み止まるところが違いますが。。。
公開当時は全米の善良な市民から猛反発を食らったとか。。。しかしその後再評価されたそうです。犯罪王国のアメリカと違って、一見平和に見える日本ですが、残虐かつ偏執的な事件が後を絶たないことを考えると、この映画で描かれているような日常に潜む狂気というのは結構身近なものなのかもしれません。
ちなみにローラ・ダーンはスゴイ女優ですね。。。下はボーイフレンドに裏切られたと知ったときのショック 顔です。
個人的に印象に残ったシーンはここ。ピンクの洋服を着たブタのような醜態女が(なぜか)車の上で巨体をくねらせて踊ります。こんなシュールなシーンはなかなかありませんね。。。
もうひとつは、クライマックス近く、ドロシーの部屋のシーンです。一瞬時間が停止したかのような錯覚です(左の死体はなぜか直立不動)。
左のTV画面には顔を突っ込んで割れたような跡が、また奥のキッチンの壁には血糊がベッタリと。。。誰の仕業なのか映画では明確にされませんが、こんな残虐な仕業はデニス・ホッパーしかありません。しかし彼は一度去ったアパートに再び戻ってきます。しかも変装して。。。
このシーンだけが唯一解釈不能ですが、リンチの作品にしては、時系列もストレートで難解な場面も少なく、そういう意味ではリラックスして鑑賞することができる作品ではないでしょうか
5.ワイルド・アット・ハート - Wild At Heart
映画『ワイルド・アット・ハート』は、デヴィッド・リンチ監督のパルム・ドール(最高賞)を受賞した作品です。
Amazonでは「バイオレンス・ラブ・ロマンス」と紹介されています。この作品はなんと、1990年カンヌ国際映画祭のパルム・ドール(最高賞)を獲得した作品なんです。
ニコラス・ケージ(セイラー)が主演です。主演女優はまたまたローラ・ダーン(ルーラ)が。二人の愛の逃避行がテーマですが、前編過激なラブシーンのオンパレード。。。正直胃がもたれます。
この映画、全編を通して炎(体に燃え移った炎、タバコ、自動車事故)とド派手なレッド(衣装、ルーラの母親の顔のペンキ)が頻繁に出てきます。すべてが意図的に過剰に演出されているのですが、「ツイン・ピークス」やその後の作品に共通する「超常現象的な人知を超えた力」といった幻想的なシーンが出てこないので、個人的にはちょっと残念です(箒に乗った滑稽な魔女は出てきますが)。
後半にいきなり現れる悪役にウィレム・デフォー(プラトーンのエリアス軍曹)が。「ブルー・ベルベット」のデニス・ホッパーと同様、強烈な存在感です。最後は警官にあっけなく撃ち殺されてしまいますが。。。
ルーラの母親(ダイアン・ラッド、この役でアカデミー助演女優賞にノミネート)は、アメリカ女性の一番醜い場所を象徴するような存在で、不快感抜群!暴力、セックス、嫉妬、策略、なんでもありの存在ですね。いやー観ていて本当に虫唾が走ります。。。
ところでこのダイアン・ラッドとローラ・ダーンって、映画で母娘の役柄ですが、現実でも本当の母娘なんですね。。。ちょっとビックリです。
6.ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間
登場人物も実に多彩です。TVシリーズなので日本で有名な俳優は出ていませんが、デヴィッド・リンチお気に入りの個性的な俳優陣が揃って出演しています。
ちなみにデヴィッド・リンチは女優に美女を起用することが多いのですが、「ツイン・ピークス」には美人女優が次々に登場します。第1話で死体で登場するローラ・パーマー(シェリル・リー)、そしてローラの親友ドナ・ヘイワード(ララ・フリン・ボイル)、ホーン産業ご令嬢のオードリー・ホーン(シェリリン・フェン)、ダイナーのウェイトレスのシェリー・ジョンソン(メッチェン・アミック)、ダイナーのオーナーのノーマ・ジェニングス(ペギー・リプトン)、などなど。。。セカンドシーズンでは若き日のヘザー・グラハムまで出演しています。
「ツイン・ピークス」全シリーズを観たのはもうずいぶん前のことなので、記憶もあいまいな部分が多いのですが、それでも当時の衝撃は良く覚えています。
ストーリーは極めて複雑、謎が謎を呼び、登場人物の全員がローラ殺しの犯人に思えてきてしまいます。というかどうしてこんな変な人物ばかりいるのでしょうか、このツインピークスという街には。。。 (´д`)
とにかく一度観始めると止めることができない、禁断症状に陥ってしまうという不思議な魅力が「ツイン・ピークス」には詰まっています。
ではどこがそんなに面白いのでしょうか?
個人的には、ドロドロとした人間関係と現代社会の病巣と、北米という厳しい大自然の環境が、超常現象や人知を超えた悪という存在を通して結び付いているところが面白いと思います。
ローラを殺した真犯人が、半狂乱になって嘆き悲しむ実の父親であったという衝撃的な事実もビックリでしたが、売春・暴行・近親相姦という目を逸らしたくなるような犯罪が日常に潜んでいるという恐怖と、人間を悪行に走らせる超常的な力の存在というものが、The Black Lodgeという異次元世界への物理的な入り口を介して繋がっているという発想は、例えて言えば、異次元宇宙とブラックホールの関係に良く似ていると思います。
「ツイン・ピークス」には、そのような科学的な部分と、科学を越えた宗教的なテーマが混ざって人間社会を痛烈に批判しているところがあります。
シリーズの最終章ではFBI特別捜査官のデイル・クーパー自身がその罠にはまってしまい、発狂してエンディングを迎えます(と解釈しました)。
ちなみに昨年、この「ツイン・ピークス」の新シリーズが2016年にアメリカのTV局で放映されるという信じ難いニュースが流れました。実現すれば25年ぶりに新シリーズが始まることになります。新シリーズは全9話で構成され、当初はリンチとフロストが全話の脚本とプロデュースを担当、リンチが監督を務めるはずでしたが、今年の4月になってリンチが制作から降板したことが報じられ、ファンをがっかりさせました。一体どうなってしまうのでしょうか。。。
「ツイン・ピークス」のパッケージソフトですが、待望のブルーレイBOX(10枚組)が昨年リリースされています。
国内版はリンチ監修日本版オリジナルTシャツ付と豪華仕様ですが、海外版(日本語字幕付き)よりもかなり割高なようです。いつもながらブルーレイの内外価格差はどうにかならないものでしょうか。。。
7.ロスト・ハイウェイ - Lost Highway
こちらは「マルホランド・ドライブ」と同じ「謎解き」映画です。たぶん1度観ただけではストーリーも含めてなんのことやらサッパリ。。。だと思います。
おおざっぱなストーリーはこんな感じです。
前半は人妻殺しのミステリーから死刑宣告、刑務所収監まで、ところがある日突然、収監されている受刑者がまったくの別人(行方不明だった若者)に入れ替わってしまい、本人も過去の記憶がなく、保釈されてからは、マフィアの愛人と逃避行のために犯罪に手を染めて。。。
この映画を理解する鍵は、リンチ自ら語っているように、かつて米国中を震撼させた「O.J.シンプソン事件」です。
O.J.シンプソン事件。。。1995年の春だったと思います。アメフトのスーパースターであり、映画俳優としても大成功を収めた黒人のO.J.シンプソン、彼の元妻とその友人が自宅近辺で惨殺された事件で、状況判断からして犯人はO.J.シンプソンであることは誰もが確信したのですが、カリフォルニアの陪審員制度と黒人差別問題を巧みに利用して、O.J.シンプソンは、無罪判決を勝ち取ってしまった事件を指します。
リンチはそこに、犯罪者の「心因性記憶喪失」という特徴を持ち込みました。つまり、犯罪者の心理として、自分が犯した残虐な殺人を抽象化して、あたかもそれが自分自身から遊離した客観的な事件として捕えることで、日常の正気を保つことができるというわけです。
「マルホランド・ドライブ」で、自ら犯した罪の深さに耐えきれず、自殺するヒロインとは対照的な犯罪者の特徴でしょうか。
ビル・プルマン演じる主人公フレッドはまさにこの「心因性記憶喪失」であると理解すると、前半のストーリーはすべて彼の妄想であることがわかります。
この映画には、顔が白塗りの薄気味悪い男(ミステリーマン)が度々登場しますが、「マルホランド・ドライブ」のカウボーイを彷彿させます。彼はやはり実在の人物というより、主人公の心理状況の象徴として解釈するのが自然のようです。
このミステリーマンとあわせて全編不気味な雰囲気が漂っていますが、音楽を担当しているのがなんとナインインチネイルズとマリリンマンソンなんですね。。。
ナインインチネイルズはインダストリアル・ロックの大御所で、最近では映画「ソーシャルネットワーク」でも楽曲を提供しているほどのメジャーなバンド(というかトレントレズナーの単独プロジェクト)ですが、この当時(1997年)は、代表作「ダウンワード・スパイラル」を発表した後の一番ノッている時期だけあって、楽曲のクオリティも最高です!
ちなみにナインインチネイルズについては、その来日公演ライブについての記事を以前書いたことがあります。こちらです。。。
話が脱線してしまいましたが、主人公フレッドの美しい若妻レネエ(パトリシア・アークエットが好演)は、かつて人に言えないようなヤバイ職業(ポルノ女優)についていたことがあり、それが疑惑を呼び起こして、主人公は嫉妬のあげく愛妻の殺人に至ってしまうというのが読み筋ではないかと思います。
フレッドが獄中で一晩にしてピートに入れ替わってしまうあたりから話は急転し、観ているこちら側の理解も付いていけなくなります。。。その後もピートとフレッドは何度も入れ替わってしまい、さらに映画の意味不明度は増してしまいます。
ピートとフレッドが「心因性記憶喪失」の二重人格であることは容易に理解できるのですが、実在の人物だったのはフレッドだったとすると、ピートの人物設定(マフィアのお気に入り自動車整備士、そのマフィアの愛人かつポルノ女優がレネエ)は一体どのような意味があるのでしょうか。。。?
うーーん難解です。。。
ところで、この映画のテーマは何でしょうか?
O.J.シンプソンのような怪物を生み出してしまった現代社会(特にハリウッド社会)への痛烈な批判なのか、それとも社会の犠牲になった女性への鎮魂歌でしょうか?
「マルホランド・ドライブ」のダイアンと違って、この映画では、惨殺されたレネエの無念に感情移入することは厳しいです。むしろ、結婚して幸福な人生を歩んでいたはずのフレッドのほうに同情してしまいますが。。。
まだまだ読みが足りないようですね。。。
再び関係ない話ですが、ジャックの父親役でゲイリー・ビジーが出演しています。彼はかつて「ビッグ・ウェンズデー」というサーフィン映画(素晴らしい名作)で3人のサーファー役のひとりで出演していたのですが、こんなところで見かけるとは意外でした。。。!どうやら私生活でもゴタゴタが多かったらしく、結局大成しなかったようで残念です。。。
「ロスト・ハイウェイ」は、リンチ作品には珍しく、出演者に常連俳優はほとんど出てきません。マフィア役のロバート・ロッジアくらいでしょうか。
8.ストレイト・ストーリー - The Straight Story
9.マルホランド・ドライブ - Mulholland Dr.
9.1. 『マルホランド・ドライブ』
9.2. 難解なストーリー
9.3. 印象的なシーン
9.3.1 カーレースとロサンゼルス市街の夜景
自動車事故のあと、リタが見降ろすロサンゼルス市街の美しい夜景ですが、ここにこの映画のすべてが象徴されているような気がします。
表向きは美しいが、その裏には欲望の渦巻くドロドロとして怖ろしいものが潜んでいる恐怖。。。表向きは華やかなハリウッドの世界、その裏で配役争いを巡る熾烈な競争、汚い手段、犯罪。。。リンチはこういったものを映画を通して訴えたかったのではないかと思います。
9.3.2 I've Told Every Little Star
9.3.3 クラブ・シレンシオ
9.4. まとめ
10.インランド・エンパイア - Inland Empire
インランド・エンパイアは、間違いなくデヴィッド・リンチ監督の作品のなかで突出して難解な作品です。
ハリウッドの女優ニッキーの実生活、ニッキーが演じる映画の役柄、ポーランドのロスト・ガール、そして謎のウサギ人間、これらが時系列もバラバラに次から次へと現れるのだから、ストーリーを理解しろというほうが無理ですね(笑)
タイトルの「インランド・エンパイア」とは、カリフォルニア州南部の郊外地区を指す言葉です。映画のなかでもマフィア風の男が「彼はインランド・エンパイアだとか何とか言って消えた」と話すシーンがありますが、映画自体の舞台がインランド・エンパイア地区というわけではないようです。
ちなみに私の解釈は、「ある女優(ニッキー)が役柄に没頭するあまり、現実と仮想の区別がつかなくなってしまい、精神的に崩壊する過程を、オリジナル映画の主演をやったロストガール(撮影中に殺された)本人の視点から観た映画」ではないかと思います。
ウサギ人間との関係や、ニッキーの公私の境や、たびたび現れる娼婦などがどういう関係なのかは何度見てもサッパリなのですが、2007年度全米批評家協会の実験的映画賞を受賞したということから推測するに、脚本は怖ろしく手の込んだつくりになっているのではと思います。
主役のニッキーを演じたローラ・ダーンはまさに怪演、決して美人でもない彼女のアップが延々と3時間以上も続くので、正直辛いものがありますが、おそらく一生かけても解けない謎の映画ということでリピートして観る価値は高いのではないかと思います。
ちなみにローラ・ダーンはリンチ作品の常連で、過去には「ブルーベルベット」や「ワイルドアットハート」で主役級で出演しています。往年の若さからすると明らかに年を取って中年に差し掛かり、若さでは勝負できない年齢というのは、この映画の俳優ニッキーと共通するものがあり、そういう意味ではまさに迫真の演技となっているわけです。
最後のほうに登場する裕木奈江もなかなかの味を出しています。たどたどしい英語がまたリアルです。結構長いセリフを任されているのですが、キレイな女友達が体を売って身もボロボロで見舞いに行くのにバスがどうしたこうしたと会話はメチャクチャ、それを腹にドライバーをぶっ刺されて瀕死のニッキーが「はあ?あんた一体何話してんの?」というすっとボケた表情でずっと聞いているという実にシュールな場面です。
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