[2024年小説ベスト作品6冊] 『約束』『関心領域』『この村にとどまる』『救出の距離』『スイマーズ』『ハリケーンの季節』

 


読んだのは以下の6作。

『約束』(デイモン・ガルガット)
『関心領域』(マーティン・エイミス)
『この村にとどまる』(マルコ・バルツァーノ)
『救出の距離』(サマンタ・シュウェブリン)
『スイマーズ』(ジュリー・オオツカ)
『ハリケーンの季節』(フェルナンダ・メルチョール)

21作からこの6作を選んだのは、近所の図書館にたまたま在庫があったからです。

普段の読書ではあまり読むことのない小説ですが、食わず嫌いもアレだと思い、年明け1月に一気読みしました。

以下、その6作の書評です(注:以下ネタバレあり)。

1.『約束』(デイモン・ガルガット)


以下はAmazonからの引用です。

アパルトヘイト以前、以後──社会変革の渦中にある南アフリカ。プレトリアで農場を営む白人の家族とその黒人メイドとの間に交わされた土地の所有権をめぐる約束が、40年にわたり一家の運命を翻弄する。

アフリカ文学の最先端にして英国最高峰ブッカー賞受賞作

(引用おわり)

ちなみに、ブッカー賞(Booker Prize)とは、イギリスで出版された長編小説に授与される文学賞です。ノーベル文学賞やフランスのゴンクール賞、ピュリツァー賞と並んで、世界的に権威のある文学賞の一つとされているそうです。

作品は「母」「父」「アストリッド」(長女)「アントン」(長男)の4章に分かれており、白人一家のメンバがひとりずつ亡くなっていきます。

最後に残ったメイドのサロメ(黒人)が、長年の空約束であった邸宅の法的所有権をようやく手に入れることになるという結末。

336ぺージの長編で、4章以外には区切りがないのでなかなか読み進めるのに苦労しましたが、中盤まで辿り着くと壮大な家族ドラマの全体像が見えてくるので、あとはすんなりと読み進めることができました。

南アフリカのアフリカーナー(オランダ系白人)30年にわたる家族の物語は、さながら大河ドラマのような展開です。

アパルトヘイトが廃止(1991年)となった時代背景に、社会変革の流れのなかで生きる登場人物の変遷を、視点が変わりつつ進みます。

マンデラ大統領が就任、ラグビーワールドカップが1995年に南アで開催され、白人も黒人も一体になって盛り上がって(黒人選手は一人しかいなかった)、地元で見事に優勝するエピソードも盛り込まれています。

ちょうど先日、映画『インビクタス』を観たところでした。


予断ですが、マンデラ大統領を演じたモーガン・フリーマン、チームのキャプテンを演じたマット・デイモン、どちらも名演でした。

本作品は、黒人差別については大きな主題として扱っておらず、南アフリカの白人社会における不倫、薬物、宗教、従軍などといった幅広いテーマが取り合げられています。

われわれ日本人(少なくとも私自身)からすると、外国人はどうしてこんなに人生を複雑にするような真似を自ら突き進むのだろうかと不思議に感じてしまいました。

個人的な評点: ★★★★☆

2.『関心領域』(マーティン・エイミス)


以下はAmazonからの引用です。

第96回アカデミー賞2部門受賞!「今世紀最も重要な映画」と評された『関心領域』の原作小説――おのれを「正常」だと信じ続ける強制収容所のナチ司令官、司令官の妻との不倫をもくろむ将校、死体処理の仕事をしながら生き延びるユダヤ人。おぞましい殺戮を前に露わになる人間の狂気、欲望、そして──。諷刺と皮肉を得意とする作家エイミスが描きだす、ホロコーストという「鏡」に映し出された人間の本質。
解説/武田将明(東京大学教授)。監修/田野大輔(甲南大学教授。『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』共著者)。

(引用おわり)

映画『関心領域』は第76回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝き、第96 回アカデミー賞で国際長編映画賞・音響賞の2部門を受賞しています。


映画はまだ観ていませんが、書き込みを見る限り、原作と映画はだいぶ内容が異なるようです。

アウシュビッツでの虐殺についての描写はほとんどなく、ひたすらドイツ将校(とその家族)の日常生活が淡々と綴られます。

日常生活といっても、不倫やユダヤ人の処理といった異常な行動ばかりですが。。。

正直言って、内容を理解しながら読み進めるのには大変な労力を要しました。

外国の文学作品に共通するのですが、日本人には馴染みのない習慣や文化、固有名詞などがたくさん出てきます。

本作も480ぺージと長編です。

登場人物への感情移入ももちろんできず、ゾンダーコマンド(強制収容所内の囚人によって組織した労務部隊)のザハリアシュの立場の壮絶さには心を痛めます。

物語のなかで、屈強なポーランド系ユダヤ人300人が、ナチス将校に「君たちはこのあと全員処刑です」と告げられて、ほとんど反乱もないまま、射殺される1時間前には静かに手紙を書いて誇り高く死んだという記述があります。

ナチスのドイツ人たちは、ユダヤ人の生死を分ける運命にはほとんど関心がなく、自分たちの言動が如何に効率的で理にかなっているか、他の将校たちからどう評価されるかのみに腐心します。

この場面は、戦争の悲惨さと異常さが突出して印象に残りました。

勧善懲悪でもなければ、大きなオチがあるわけでもなく、ドラマチックな展開もありません。

中学生のときに『ホロコースト/戦争と家族』というアメリカのTVシリーズを観たのを思い出しました。


このTVシリーズでは、ガス室での大量殺戮のシーンが生々しく映像化されていて子供心ながらに大きな衝撃を受けたのですが、本作は、それとは対照的なドイツ兵からすると ”関心領域" 外のホロコーストの恐怖を淡々と描写しています。

(2024年2月12日追記)
映画『関心領域』をAmazonプライム(有料)で観ました。

ホームシアターの音響で観たのが功を奏して、アウシュビッツから聞こえてくるおどろおどろしい音がリアルに再生、アカデミー音響賞の醍醐味を堪能しました。

内容やストーリーは小説とはまるで異なりますが、関心領域に焦点を当てた人間の狂気を描いている点では共通していました。

ドラマチックな展開もまるでなく淡々と進む映画なので、視聴者を選ぶと思いますが、私は映画ならではの高尚な雰囲気にどっぷりと浸ることができました。

個人的な評点: ★★★☆☆

3.『この村にとどまる』(マルコ・バルツァーノ)


以下はAmazonからの引用です。

この美しいダム湖の底に、忘れてはいけない村の歴史が沈んでいる。
北イタリアチロル地方、ドイツ語圏の一帯はムッソリーニの台頭によりイタリア語を強制され、ヒトラーの移住政策によって村は分断された。母語を愛し、言葉の力を信じるトリーナは、地下で子どもたちにドイツ語を教え、ダム建設に反対する夫とともに生きてゆくのだが……。イタリア文学界の最高峰、ストレーガ賞の最終候補作。

(引用おわり)

まず、この作品の舞台となる現在北イタリアのクロン村は、かつて実在した村でした。


「失われた村が「出現」、北イタリアの湖から」の記事によると、2021年、イタリア北部の貯水湖で行われた補修工事の影響で、1950年に沈んだ村の遺構が出現したそうです。

貯水池の底に沈んでいたクロン村の遺構(出典:BBC News Japan

物語の序盤では、ドイツ語を話す住民たちが、イタリアのムッソリーニ政権の影響がこの村に徐々に浸透してゆく過程の困惑が描かれています。

主人公の女性トリーナは、イタリアに徴兵されて帰還した夫エーリヒとともに、山奥へと逃亡を図ります。

エーリヒは、徴兵前はナチスに傾倒していましたが、戦場から帰還すると、イタリアもナチスもダメだと戦争そのものに愛想を尽かして脱走兵になります。

第2次世界大戦で、日本でこのような自己主張を展開したら間違いなく非国民と村八分にされ、徴兵逃れということで処罰されたでしょう。

クロン村という片田舎では、住民の多くは戦争もダム建設も、我関せずという無関心でいるところに、エーリヒが何とか反対運動を展開させようと躍起になるところが印象に残りました。

結局、反対運動は実を結ぶことなく、村は水没、住民は強制移住を強いられるわけですが、10歳で突然海外に失踪、音信不通となってしまった夫婦の娘マリカへのトリーナの想いが綴られて物語は進行します。

戦争という大きな流れに運命を大きく変えられてしまった家族の苦難の物語(現代の日本はつくづく平和だなと痛感しました)。

個人的な評点: ★★★★☆

4.『救出の距離』(サマンタ・シュウェブリン)


以下はAmazonからの引用です。

シャーリイ・ジャクスン賞中長篇部門受賞作にして国際ブッカー賞最終候補作!
Netflixで映画化もされた「まったく新らしい幻想譚」が本邦初上陸!!!

アルゼンチンの片田舎の診察室で死にかけている女アマンダ、その横にたたずむ謎の少年ダビ。
彼女はなぜ死にかけているのか、ふたりは対話を通してその記憶を探っていく。
すべては熱に浮かされているアマンダの妄想なのか、ダビはそこにいるのかいないのか、そして愛する娘はどこに行ってしまったのか……
〈スパニッシュ・ホラー文芸〉を牽引する作家による、めくるめく愛の悪夢がいまここに。

「虫が体に入り込む」

【2017年度国際ブッカー賞最終候補作】
【2017年度シャーリイ・ジャクスン賞中長篇部門受賞作】
【2015年度ティグレ・フアン賞受賞作】
【Netflix映画『悪夢は苛む』(クラウディア・リョサ監督、2021年)原作】

〈スパニッシュ・ホラー文芸〉とは
マリアーナ・エンリケス、エルビラ・ナバロ、ピラール・キンタナ、フェルナンダ・メルチョール、モニカ・オヘーダ――今、スペイン語圏の女性作家が目覚ましい躍進を遂げている。作家によっては三十か国以上で翻訳され、世界中で好評を博すなど、現代文芸シーンにおける一大ブームとなっている。中でも、社会的なテーマを織り込みながら、現実と非現実の境界を揺るがす不安や恐怖を描いた作品群である〈スパニッシュ・ホラー文芸〉は、特に高く評価され、全米図書賞などの著名な賞の候補にも作品が上がるなど、今、最も注目すべき熱い文芸ジャンルの一つである。本書の著者サマンタ・シュウェブリンは、発表した作品の多くが国内外で高く評価され、現代スペイン語圏文学を牽引する作家である。

(引用おわり)

この本は難しかったです。。。スパニッシュ・ホラー文芸と言われてもピンと来ず、読み始めてしばらくの間は何が何だかさっぱり、登場人物の関係も不明で、暗闇のなかを手探りで進むような感覚でした。

病院で死にそうになっている女性と、その傍らで話を聞く少年の会話が軸ですが、時間も前後、錯綜して、何がどうなっているのか、読者は想像しながら先に読み進むしかない。

ホラーといっても、何か恐怖を感じるようなモノが出てくるわけでもないし、得体の知れない人物が襲ってくるわけでもなし。

いろいろな意味で玄人向けの小説だと思います。

個人的な評点: ★★★☆☆

5.『スイマーズ』(ジュリー・オオツカ)


以下はAmazonからの引用です。

わたしたちはどんな痛みからも解き放たれる。泳いでいる、そのときだけは。過食、リストラ、憂鬱症――地下の市民プールを愛し、通いつめる人達は、日常では様々なことに悩み苦しんでいる。
そのうちのひとり、アリスは認知症になり、娘が会いに来ても誰なのかわからなくなって、ついに施設に入ることになる。瞬時にきえてしまうような、かけがえのない人生のきらめきを捉えた米カーネギー賞受賞作。

(引用おわり)

前半は市民プールに棲息するさまざまなスイマーたちの物語、プールに通っている身としてはメチャクチャ面白かったです。

泳ぎ続ける理由はさまざまですが、登場人物はみなプールで泳ぐことが依存症のようになっています。

特定のスポーツに依存してしまう心情はよくわかります。。。(私の場合はプール依存症ではなく、インドア自転車ですが)。

そして、プールに亀裂が発見され無期限停止になってしまう後半は、プール利用者のひとりアリスが認知症を患ってしまい、舞台は老人ホームに。。。

老人ホームにお世話になった母と父の介護をしていた身としては、こちらのテーマも他人事ではなく、思わず感情移入してしまいました。

覚えていること、忘れてしまったこと、著者は些細な日常のあらゆる要素を切り出して提示するのですが、語り口がさりげなくて読んでいて心地良いです。

偶然ですが、最近見た映画『ファーザー』は、認知症の当事者の恐怖を見事に描いた作品でした(主演のアンソニー・ホプキンスは本作品でアカデミー賞主演男優賞を受賞)。


水泳という習慣を奪われたことがきっかけで、認知症を発症してしまうというのは、ちょっと身につまされる思いがしました。

個人的な評点: ★★★★☆

6.『ハリケーンの季節』(フェルナンダ・メルチョール)


以下はAmazonからの引用です。

とある村で、〈魔女〉の死体が見つかる。彼女は村の女たちに薬草を処方し、堕胎もしてやっていた。彼女を殺したのは一体誰か--。暴力と貧困がはびこる現代メキシコの田舎を舞台に狂気と悲哀を描き、名だたる文学賞候補となった西語圏文壇新星による傑作長篇

(引用おわり)

小節の舞台は架空のメキシコの片田舎ですが、こんな世界が世の中に存在するのかという驚きと、あまりに性的に不快な描写がこれでもかと続くので、これを書いた著者(フェルナンダ・メルチョール)の気迫と表現力にむしろ感心してしまいました。

内容は、本当にどうしようもないくらい人生が終わっている人々が次から次へと登場し、理不尽で無計画な行動を果てしなく繰り返し、自ら破滅に向かって突き進む感じです。

暴力と貧困、そして教育の不在が、人間をここまで堕落させてしまうのか。。。と、衝撃度は高い作品ですが、性的な描写があまりに生々しく、読んでいて辛くなってしまいました。

個人的な評点: ★★☆☆☆

7. まとめ

以上、『約束』『関心領域』『この村にとどまる』『救出の距離』『スイマーズ』『ハリケーンの季節』の6つの作品の書評でした。

これまで私の読書は、経済本か科学関連の書籍が中心で、今回のような小説といえば、SF小説以外はほとんど読むことがありませんでした。

小説を読むという行為は、映画を鑑賞するのに似ていると感じました。

本を読むという目的が、何らかの特定の情報を得るというのが、私のこれまでの動機だったのですが、小説には、感性が鍛えられる/磨かれるという楽しみがある気がします。

これを機に、もっと小説を読もうと思います。

  1. 角田光代『方舟を燃やす』新潮社
  2. 水村美苗『大使とその妻(上・下)』新潮社
  3. デイモン・ガルガット『約束』宇佐川晶子/訳 早川書房
  4. マーティン・エイミス『関心領域』北田絵里子/訳 早川書房
  5. 奥泉光『虚史のリズム』集英社
  6. 高柳聡子『埃だらけのすももを売ればよい ロシア銀の時代の女性詩人たち』書肆侃侃房
  7. アダニーヤ・シブリ-『とるに足りない細部』山本薫/訳 河出書房新社
  8. スコラスティック・ムカソンガ『ナイルの聖母』大西愛子/訳 講談社
  9. マルコ・バルツァーノ『この村にとどまる』関口英子/訳 新潮クレスト・ブックス
  10. ヨン・フォッセ『朝と夕』伊達朱実/訳 国書刊行会
  11. 赤松りかこ『グレイスは死んだのか』新潮社
  12. サマンタ・シュウェブリン『救出の距離』宮崎真紀/訳 国書刊行会
  13. 朝比奈秋『サンショウウオの四十九日』新潮社
  14. 小林エリカ『女の子たち風船爆弾をつくる』文藝春秋
  15. ジュリー・オオツカ『スイマーズ』小竹由美子/訳 新潮クレスト・ブックス
  16. 柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』新潮社
  17. 小川哲『スメラミシング』河出書房新社
  18. ヴァージニア・ウルフ/著 ヴァネッサ・ベル/画『月曜か火曜』片山亜紀/訳 エトセトラブックス
  19. フェルナンダ・メルチョール『ハリケーンの季節』宇野和美/訳 早川書房
  20. 九段理江『東京都同情塔』新潮社
  21. 森見登美彦『シャーロック・ホームズの凱旋』中央公論新社
2025年に読んだ本の一覧や書評はブクログに上げています。

(2025年2月9日 追記)
2024年小説ベスト作品の一冊『ナイルの聖母』(スコラスティック・ムカソンガ)を読了しました。


(2025年2月9日 追記)
2024年小説ベスト作品の一冊『グレイスは死んだのか』(赤松りかこ)を読了しました。


(2025年2月19日 追記)
2024年小説ベスト作品の一冊『とるに足りない細部』(アダニーヤ・シブリ-)を読了しました。



(2025年2月28日 追記)
2024年小説ベスト作品の一冊『朝と夕』(ヨン・フォッセ)を読了しました。


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